最近、クレープ専門店やクレープを提供するパティスリーが増えています。しかも、テイクアウト可能な紙で巻いたスタイルが数多く、外が心地いい初夏にぴったり。青々とした木々の緑を眺めて頬張りながら歩けば、それだけでなんだか楽しく、幸せな気持ちになります。
そして、使われている素材も上質感にあふれ、生地も作り手のこだわりがいっぱいで、味わい、見た目ともにその進化には目を見張るほど。今、足を運ぶべきクレープのお店をご紹介しましょう。
最終回の#5は大船駅近くにできたシンプルで上質なクレープをご紹介します。
大船仲通り商店街のはじっこに行列ができる人気店に
JR大船駅からほど近い大船仲通り商店街の一角に、2023年4月、連日行列ができる小さなお店が誕生しました。それが、「アイスクリーム&クレープ CALVA(カルヴァ)」。シェフ・ブーランジェの兄・田中聡さんと、シェフ・パティシエの弟・田中二朗さんが営む、2009年オープンのブーランジュリー・パティスリー「CALVA」による新展開です。常時約10種類そろうクレープはすべて、田中二朗さん(以下、田中さん)が自ら焼き上げ、生まれ育った地元の人たちに笑顔を届けています。
そのこだわりは、「普通のクレープ」。「最近ではお菓子屋さんがクレープを手掛けるようになり、クレープがどんどん華やかで手のかかったものになってきました。そうなると、ちょっと特殊すぎたり、値段が高くなったりして、もともとは日常のものだったはずのクレープが、“みんなの日常”からどんどん離れてきてしまった」と、田中さん。「だからこそ僕が提供したいのは、あくまでも普通のクレープ。見た目が映えなくても、それでいい。クレープが生まれたフランスの味やスタイルを忠実に守りつつ、自分のエッセンスを加えて、毎日でもリピートしたくなるクレープを作ろうと考えました」。
目を見張るおいしさの生地を味わうなら、シンプルに
まず味わいたいのは、フランスのクレープリーでも定番の「シトロン・ブール」です。クレープマシーンに薄く広げて焼いた生地に、無塩バターを塊のまま押し当てて直接塗り、自家製のレモンペーストを全体に。その上からレモンをぎゅっと絞り、グラニュー糖をふりかけながら折り畳めばできあがりです。
こんがりきつね色に焼かれた生地が、なんと魅力的で食欲をそそること! パクリと頬張れば縁と外はサクサク、中はややしっとり。軽やかで歯切れがよく、生地の香ばしさとともにじゅわっとしたバターの風味とレモンのさわやかな香りや酸味、ほろ苦さが広がって、これぞ王道。シンプル・イズ・ベストなおいしさに心をつかまれます。
「こういうシンプルなクレープが、本当に旨いんですよね。お菓子でもクレープでも、『余計なことをしていなくて、旨い』というのは、僕がフランスへ修業に行って一番驚かされたこと。そういうおいしさがすごく好きです」と、田中さん。この「シトロン・ブール」に使われているレモンのペーストはもちろんのこと、他のクレープに使用するアプリコットやオレンジのコンポートペーストもすべて手作りしているそう。いずれもフレッシュな果実の皮も実も全部入れているといい、その風味は格別です。
「クレープ生地は、着席ではなく、スタンドで構えずに楽しむカジュアルなスタイルに合うよう、軽さや歯切れの良さを重視し、粉を極限まで少なくしてもちもちしすぎない配合にしました。毎回、焼く前にブレンダーで混ぜてなめらかにしなければ、きれいに焼けなくて、実は扱いが難しい生地」と、田中さん。しかし、それこそが一枚食べたらまた食べたくなる味と食感の所以となっています。
2023.06.21(水)
文=瀬戸理恵子
撮影=釜谷洋史