人生に絶望、どん底のタイミングでの妊娠
内田 ヤマザキさんが最終的に産むことを決意されたのはなぜだったんですか。
ヤマザキ それは利他の気持ちが稼働したからです。妊娠がわかったとき、私は稼ぎのない詩人と暮らし、絵も売れず、商売を始めたけど借金だらけで立ち行かなくなり、まさにどん底の暮らしをしていました。人生に絶望していたタイミングでの妊娠ですから諦めるのは簡単ですが、逆に捉えればこれはもう自分のためだけに生きるのはやめろという意味なのかなと思ったんです。詩人とは別れて一人で産む。私は野生のライオンやクマになろうと決めました。
内田 私は日々、精神的な調子を崩してしまった子やその家族を診ていますが、どの家族にもその家族なりの愛があります。その形は家族の数だけ違うけれど、親はみんな子どものことを愛している。どんなに愛があっても調子が崩れることはありますが、ともに乗り越えようとする親の姿勢に、子どもも勇気づけられる。
ヤマザキ その点、イタリアの母たちは心強くて、何があっても子どもの味方というスタンスですね。外でいじめられても母は絶対に子どもの味方。私の母も忙しくて子育てなんかほとんどしてませんが、私と妹は確実に母から守られている確信がありました。
母だって未熟だけれど、一緒に生きていこう
内田 私の母も医者で多忙でしたが、当時の保育園の連絡帳を読むと自分は愛されていたと涙が出ますし、母の努力する姿を見ることが励みになりました。私も長男の出産後、復職したら患者さんと会話をする中で誰かのためになっていると思えて、子どもと過ごす時間もスペシャルに感じられたんです。
ヤマザキ 立派な母親になろうという意識よりも大事なのは、私も人間としてまだ未熟だけれど、この社会を一緒に生きていこう、お互い頑張っていこう、という子どもに対しての同志的な姿勢だと思います。そして子どもの存在に助けてもらうのではなく、自分が子どもを守るという絶対的な姿勢。母になることは自分から自分を一度引きはがし、利他という人間性を身につける絶大なチャンスなんです。
内田 本当にそうですね。私は今何よりも育児で幸せを感じますし、大変なことが多くとも楽しいよと伝えたいです。
ヤマザキマリ
マンガ家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。日本、イタリア・パドヴァ在住。
内田舞(うちだ・まい)
小児精神科医・脳科学者。ハーバード大学医学部准教授。2015年よりマサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長として勤務。アメリカ・ボストン在住。
『ヴィオラ母さん』ヤマザキマリ
ヤマザキさんが母・リョウコさんの激動の人生を綴ったエッセイ。
文藝春秋 1,430円(税込)
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『ムスコ物語』ヤマザキマリ
ヤマザキさんと、イタリアで生まれた息子・デルスさんの日々。海外子育て放浪記。
幻冬舎 1,650円(税込)
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『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』内田舞
3人目を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した写真を表紙に。高校の同級生である中田敦彦さん(オリエンタルラジオ)のYouTubeチャンネルでの対談でも話題になった一冊。
文春新書 1,122円(税込)
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2023.06.18(日)
Photograph=Wataru Sato