オーディオブックを聴くとリスナーが映像や音を想像できることが魅力
川村 人間って、思っていても言葉にせずに飲み込む時がありますよね。発音されてないけど、表情で伝わっているかもしれない。映像は発音されているかいないか、それがそのまま映るわけですが、小説はそれを読者に委ねられる。括弧書きになっているセリフと地の文にまぎれているセリフが混在しているのは、小説表現の特性を利用しているんです。なので、入野さんがどんな風に読むか決めてもらっていいと思う。その解釈を楽しみにしています。
入野 わかりました。僕の想像は間違ってなかった(笑)。
川村 Audibleはまだ新しいメディアで、表現が固まっていないところがおもしろい。小説は、どんな音や映像を感じて読むかが、読者に委ねられているところがおもしろい。オーディオメディアもリスナーの想像力に委ねられている。だから、朗読者も極めて主観的に演じてもらえればいいんじゃないかなと。1冊を通して朗読するのは、かなり委ねられる部分が大きいですよね。
入野 はい。楽しいことは楽しいんですよ。ただ300ページの小説をまるごと読むというのは果てしない作業だなっていう感じはします(笑)。Audibleは地道な作業の連続です。
川村 声優としてアニメーションの仕事をするときには、ディレクターや音響監督、他にも声優が何人もいて、かなり瞬発力の世界だなと思う。でも、1冊まるごとの朗読の場合、演出面も含めて演じる人が自分で判断しないといけない。
入野 そうなんですよ。芝居の時は基本的に自分のキャラクターと対話相手のことだけを考えて演じるんですけど、Audibleは全体を把握しつつ、俯瞰で見なくてはいけない。川村さんがこの本で何を伝えたかったのかを、映画を含めて観て、感じ取らないといけない。文章のドライさとか映像の美しさとかから。
川村 興味があるのは、(映画では原田美枝子が演じる)百合子の日記のパートをどう読むかということ。
2023.05.19(金)
文=文藝春秋電子書籍編集部
撮影=石川啓次