ここ数年、日本では韓国文学の翻訳・出版が飛躍的に伸びている。いまの世の中を生きる支えとして、熱心に読んでいる人も多い。

 そのブームの仕掛け人であるキム・スンボクさんに韓国における文学と社会の関係を伺った。


『82年生まれ、キム・ジヨン』が韓国の社会にもたらしたもの

「チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』(以下、『キム・ジヨン』)をきっかけに、日本で韓国人女性作家の本が次々と出版され、世界中で広がるフェミニズム文学の一角として盛り上がりをみせ始めて数年経ちました。

 ただ、韓国文学において女性パワーというのは、『キム・ジヨン』の前からあったんです。シン・ギョンスク(『母をお願い』)や、コン・ジヨン(『サイの角のようにひとりで行け』)、ウン・ヒギョン(『美しさが僕をさげすむ』)らが90年代以降、ずっと引っ張ってきました。それ以前は、男性作家たちが民族や政治の問題ばかり描いていたのを、この3人が変えました。

 『キム・ジヨン』の何がここまで私たちの心を掴んだのかというと、ドキュメンタリーかのように女性が直面している苦しみや抑圧をリアルに描く一方、ファンタジーの要素を織り込み、読みやすい文章で綴ったことが要因だと思います。私は一読して、これは韓国文学のヨン様になるぞ、と確信しましたから(笑)。

 本好きとして知られている、当時の大統領・文在寅が言及したことも大きかったと思います。余談ですが、彼が自身の好きな本を並べた書店をオープンさせると最近報道されました。どんな店になるのかいまから楽しみです。

 また、韓国の家父長制度に潜む社会問題をコミカルに描いたコミック『ミョヌラギ』(のちにドラマ化、未邦訳)が大ヒットしたことにより、しきたりだからと長年話題にものぼらなかった女性の苦しみを「社会全体で考えるべき」という認識ができあがりはじめています。

 韓国では、旧正月やお盆に夫の実家に帰省して祭祀のお供えにジョンを作る習慣があるのですが、最近のフェミニズム文学の影響を受けて儒教団体のトップが、今年はそれをやらなくていいのではないか、という旨の発表をしたんです。

 これは日本の神道が、おせちなんて作らなくていいよと発表するくらいにすごいこと。さらに、電車内の妊婦専用席に男性が座らず、空いていることも増えてきました。

 『キム・ジヨン』が発売されてから6年ほどの時間がかかりましたが、1センチでも1ミリでも韓国の社会が少しずついい方向に変わっていっているのを実感しています。文学が社会に問いかける力はとても大きいのです」(キム・スンボクさん)

2023.05.08(月)
Photographs:Nanae Suzuki

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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