韓国から生まれた文学が、ここ数年日本の読者に大切に読まれ続けています。私たちの心に響く文学を道しるべに、よりソウルを深く理解したい。そこで、詩人キム・ソヨン さんにお話しを伺いました。
「すでに美しいものは、もはや『美』にはなりえないのであって、『美』になりえぬものを、かならずや『美』ならしめること。」の一文で始まる、『詩人 キム・ソヨン 一文字の辞典』(以下、『一文字の辞典』)。
一文字を通して人生のさまざまな時間、情景、感情を描き、言葉を味わうという極上の経験が得られる本を上梓した、キム・ソヨンさんに韓国で表現するということ、そして現在のソウルに対して思うこととは。
大事にしているのは、感情になる前の部分
著書のプロフィール欄にある「誰も私に詩を書いてみたらなんて言わなかったから、詩を書く人間になった」という文章からは芯の強さがうかがえる。彼女がこの道を歩むきっかけはどのようなものだったのだろうか。
「子どものころ、ピアノを弾いたら周りから『ピアニストになったらどう』、絵を描けば『画家になったらどう』と言われ続けてきました。でも『詩人になれば』なんて周りの人から言われたことがなかったので、その道を自ら選んだのです。反抗的な態度をとる人間の、典型的なスタイルかもしれませんね(笑)。
周りから詩について言われないということは、詩への偏見がないフラットな状態ともいえます。なので、純粋に詩について考えることができ、自分にとってよい環境であったのでしょう」(キム・ソヨンさん)
キム・ソヨンさんは悲しみを解釈する力がとても強い人だと国内で評価されている。人間の感情そのものを揺さぶり、それについて思いを馳せることをうながす文章に、共感する読者も多い。
「私が文章を書く際に一番大切にしているのは、感情や、心の傷になってしまう前の段階です。感情そのものは私的なもの、個人的なものと簡単に片付けられてしまうことが多いけれど、決してそんなことはありません。社会的な脈絡から解釈することが重要だと考えていますし、文章でそのことを伝えたいと思って筆をとっています。
韓国には詩人がたくさんいて、一般の人も詩を書きます。世の中には常に詩があるという共通の感覚を持っているんだと思います。なので、『一文字の辞典』のような、詩でもあり、散文でもあり、そして辞典でもある一風変わった体裁を持つ本が受け入れられたのかもしれません」(キム・ソヨンさん)
2023.05.07(日)
Photographs=Nanae Suzuki