第四章以降は、選択と集中。辰野金吾の生涯の功績を網羅的に綴るのではなく、最重要案件二つをピックアップする大胆な構成が採用されている。二つに絞ったからこそ明確な対比が生まれ、本作のタイトル「東京、はじまる」の意義がより際立つものとなった。

 金吾は日本銀行をどのような思想のもとで設計したか。日本という新興国家の存在を世界に知らしめるため、堅牢広壮で威厳に満ちた建築物であることを狙った。石造りの重厚な外観──読者も日本橋へ行けば目にすることができる──は日本国民に対して、始動して間もない金融機関への安心感を与えるものであった。が、それ以上に諸外国に向けて「日本、はじまる」とアナウンスする効果があったのだ。建築家が現場責任者も請け負わざるを得なかった時代ならではのデタラメなエピソードなども盛り込みつつ、著者は「日本、はじまる」としての日本銀行建設を物語前半部のクライマックスに据えたのだ。

 そして後半部を占めるのが、東京駅の建設だ。民間によってばらばらに運営されていた鉄道を政府が一手に買い上げ、離れ離れになっていた線路を一本に繋ぐ。時の政府によって選ばれたエリアは丸の内、皇居の真ん前だった。そこに金吾は、赤レンガの駅舎を建てた。日本銀行は堅牢なドイツ式バロック様式だったが、こちらでは、一八世紀から一九世紀のイギリスで流行した「クイーン・アン様式」と呼ばれるルネッサンス様式をアレンジして取り入れた。威厳ではなく「美」を重視した、優雅で女性らしく柔らかな印象を与えるこのデザインに、金吾はどんな思想=メッセージを込めたのか。

 「江戸」の頃、女性は家に縛られていた。「東京」の世では、女性解放運動が起こり、いわゆる職業婦人たちが外へ働きに出始めた。金吾は思う。〈彼女らが街の建物をいろどり、街や建物がまた彼女らを粧しこませる。人の外装と街の外装の相互作用。これもたしかに建築家の仕事〉。華やかな赤色と白いフリルのようなストライプを持つ駅舎の外観は、街をゆく女性の息吹を取り入れたものだったのだ。「東京、はじまる」。門井慶喜はそのスタートの合図を、金吾が設計した東京駅のデザインに見出した。

2023.04.27(木)
文=吉田 大助(ライター)