「最近の若い人達は、コンビニなどでファストフードばかり食べていて、自分のカラダをいたわってないと思う。だから、若い人でもワンコイン程度で立ち食い感覚で気軽に来てもらえる店を出したかった」という。そしてその思惑通り、若い人たちが来てくれるようになってすごく嬉しいという。
それともう1つ理由があった。「自分はまだ修行の身で、昼間だけの小さな店をやっと始めたばかりなので、頑張ってお客様や世間様に認めてもらって、立派な店を持てるようになるまで、根気よく頑張っていきたい」と話を続けてくれた。
こんないい話は滅多にないので是非記事にさせてくれないかと相談すると、店主は慌てて「自分にはそば打ちの師匠がいて、その方に相談しないと分からない」という。後日連絡をもらう約束をして店を後にした。
数日後、3月になり、熊澤店主から連絡があった。師匠から快諾が出たという。しかも師匠は私のことをよく知っているという意外な展開となった。
店主の師匠は「そば界の第一人者」
熊澤店主がなぜそば屋を始めることになったか話を聞いた。店主はそばが好きで、そば打ちにあこがれていた。そして明治17(1884)年創業の老舗そば店「神田まつや」で働くことになった。つまり熊澤店主の師匠は6代目小高孝之さんだったのである。そば界の第一人者で、私も何度か取材し、お会いしたことがある。
しかし、ここからが熊澤店主がユニークなところ。店主はそば打ちを教わらず、ホールや調理補助の仕事を続けて、師匠たちの仕事をずっと興味を持って観察していたという。その後、家で試行錯誤しながら自分でそばを打つようになったのだ。そしてそば打ちの魅力にハマってしまった。
「師匠が教えてくれるというのを辞退して独自の探求を始めた」というところが凄いわけである。それが高じてそばののし場が欲しくなり、そば屋をやろうと決意することになる。「自分のそばは師匠やその弟子の皆さんの足元にも及ばない。いつかお墨付きをもらえるまで精進する身」と店主はいう。
2023.03.27(月)
文=坂崎仁紀