本書を執筆した動機は、ひとえに装飾古墳を、日本の古代史・美術史にとどまらず、人類史の古代芸術として正しく知って欲しいとの願いからである。もちろん、私の見方を読者に押し付けるつもりはないし、本書の内容には私個人の意見が強く出過ぎている部分もあるかもしれない。本書が、装飾古墳の世界へ誘う道案内であるとともに、研究の定説とは言い切れない内容をも含んでいることは、予めお断りしておきたい。

 本書で論及する内容は、次の6点にまとめられる。

 (1)  九州固有の石人石馬が消滅し、装飾古墳の壁画が発達した原因は、筑紫君磐井の乱(527~528年)の勝者に対する敗者のレジスタンス芸術だったからなのか?

 (2) 近畿中央部にあまり分布しない装飾古墳は、はたしてローカルな古墳文化なのか?

 (3)  九州に日本の半数以上の装飾古墳が築かれたのは、大陸(中国)の壁画墓から影響を受けたためか?

 (4)  日本以外の地域でも飾られた埋葬施設はあるのか? また、どのような展開をしたのか?

 (5)  装飾古墳は、クロマニョン人が遺したラスコー洞窟などの洞窟壁画とは、いかなる関係にあるのか?

 (6)  本来、死者を人目から遠ざけるはずの埋葬施設に、なぜ人に見せるための壁画装飾が描かれるのか?

 すでにお気づきのように、本書は装飾古墳の概説のみを目的としてはいない。装飾古墳がどんなものかについては類書が存在するし、インターネット検索で情報を入手することも可能である。したがって、研究史や概説については最小限にとどめ、この人類史的な芸術に私たちはどのように向き合ったら良いのかを意識して書いた。本書を手にした読者が、一人でも多く装飾古墳に興味を持ち、実際に現地を訪れるきっかけになれば筆者望外の幸せである。また、近年では装飾古墳のレプリカを見学できる博物館も増えており、装飾古墳と出会う機会は私の学生時代と比べて格段に増えている。たとえ、それがかすかな声だったとしても、装飾古墳が語り出す古代のメッセージにぜひ耳を傾けてほしい。そのための手引きの書のつもりで執筆したのが本書である。


「はじめに」より

2023.03.21(火)
文=河野 一隆