完璧であることと、完璧を目指すこととは違う
――カパルボさんは役作りにしても音楽の解釈にしても、稀有の歌手だと思います。「いわゆるテノール」の典型的タイプの中には、なんというか、陽気なだけの人もいるので……。
頭の中ではつねに会話しているので、時々スイッチオフにして考えないようにすればどんなにいいだろうと思う。でも、いつも考えているんです(笑)。役についても、凄く考えます。オペラというのは偉大な音楽と偉大な文学が向き合うわけですから、深く考えないわけにはいかない。研究せず、考察を重ねないというのは傲慢で失礼なのではないかと思うのです。そういう意味で、同じ役も単なるリピートはしません。自分の中で再考察して、指揮者、一緒に歌う仲間たち、そして一番大切なオーディエンスとのエネルギーのやりとりを、新鮮にしたいと考えています。
――本当に素晴らしいです。歌手という仕事は天職だと思うのですが、もともとご両親が歌っていらしたのですか?
音楽関係ではなく、両親ともイタリアで生まれ育ち、僕もアメリカとイタリアを行き来しながら育ったので、英語もイタリア語も自然な言語です。年の離れた姉が二人いて、一人は14歳、もう一人は10歳年上です。小さい頃から耳がよかったのと、ハリのある声だったので自然に歌うようになり、家族もそれを邪魔することはありませんでした。声楽の教師はマリリン・ホーンで、彼女からは多くのことを学びました。
――プッチーニもたくさん歌われていますが、大音量のオーケストラと歌うのは大変な作曲家ですよね。
みんなプッチーニは大好きですから(笑)。僕の声はベルカントも歌えますし、そこから色彩をどんどん変えていくことが出来るんです。しかし、それを全部超えて大きいのは、声の強さです。テノールには非常に珍しく、弱さや揺れがないので、『マハゴニー市の興亡』のような巨大なオーケストラを背後にしても、まっすぐ突き抜けていくんです。大きい声を出そうと無理をせず、正直に自分らしい声を出せば、オーケストラの音に負けないのです。
――カパルボさんのお話を聞いていると、とてもストイックな完璧主義者なのだと思います。
そうですね……僕は完璧であることと、完璧を目指すこととは違うと思っていて、完璧というのは存在しないと思っています。だけど、僕自身は一ミリでも近いところに行こうと。体調も精神面でも、ベストでパーフェクトな時期ばかりと限りませんし、休息が足りなかったり、疲れが取れなかったりして最善を尽くすのが難しいときもあります。でも、出来る限りオープンで正直で、意志的であろうと心がけています。
◇◇◇
真剣な瞳で語るカパルボは哲学者のようでもあり、鍛えられた肉体は一流ダンサーを思わせた。若くして成功を掴んだ彼の、並々ならぬ努力の日々を想像してしまった。日本での本格的なデビューとなる新国立劇場での4回の公演は、素晴らしい舞台になるはず。恋の切なさのすべてが詰め込まれたオペラの醍醐味が詰まった『ホフマン物語』は、初オペラという鑑賞者にも是非おすすめしたい。
レオナルド・カパルボ (Leonardo CAPALBO)
アメリカ出身。ジュリアード音楽院に学び、マリリン・ホーンに師事。2004年にオペラ・ノースにデビュー後、ヨーロッパやアメリカの劇場で活躍。イタリア・オペラで高い評価を得ているほか、『キャンディード』タイトルロール、ブリテン『グロリアーナ』エセックス伯、『カルメン』ドン・ホセなどへレパートリーを広げている。
ジャック・オッフェンバック ホフマン物語
Les Contes d'Hoffmann / Jacques Offenbach
全5幕 フランス語上演/日本語及び英語字幕
約3時間40分(休憩含む)
公演期間 2023年3月15日(水)~3月21日(火・祝)
2023年3月15日(水)18:30
2023年3月17日(金)14:00
2023年3月19日(日)14:00
2023年3月21日(火・祝)14:00
【指揮】マルコ・レトーニャ
【演出・美術・照明】フィリップ・アルロー
【衣裳】アンドレア・ウーマン
【振付】上田 遙
【再演演出】澤田康子
【舞台監督】須藤清香
キャスト
【ホフマン】レオナルド・カパルボ
【ニクラウス/ミューズ】小林由佳
【オランピア】安井陽子
【アントニア】木下美穂子
【ジュリエッタ】大隅智佳子
【リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット】エギルス・シリンス
【アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ】青地英幸
【ルーテル/クレスペル】伊藤貴之
【ヘルマン】安東玄人
【ナタナエル】村上敏明
【スパランツァーニ】晴 雅彦
【シュレーミル】須藤慎吾
【アントニアの母の声/ステッラ】谷口睦美
【合唱指揮】三澤洋史
【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団
2023.03.17(金)
文=小田島久恵
撮影=末永裕樹