進出候補地の中から選ばれたのが、三井不動産が千葉県柏市で計画している巨大開発プロジェクトだった。都心からつくばエクスプレスで30分。「柏の葉国際キャンパスタウン構想」のもと、東京大学先端科学技術研究センターやグローバル企業を誘致していた。こうした大学に世界中から優秀な研究者を呼び込むためにも彼らの子弟を預ける国際的な教育機関が必要とされていた。まさにそのタイミングで発表されたのがラグビー校日本進出であった。

 柏の葉の国立千葉大学の敷地内に開校予定の同校は9月の開校に向けて着々と工事が進んでいる。同校のマスタープランを手掛けたのもフェイフェイだ。

「白洲次郎を毎年100人育てましょう」

 筆者が東京・市ヶ谷に取材に赴く数日前、フェイフェイはデジタル庁担当大臣・河野太郎らの勉強会に呼ばれ、日本におけるインターナショナルスクールの必要性についてプレゼンを行っていた。慶応大学に入学しながらもわずか2カ月で中退、渡米しワシントンD.C.の全寮制大学に通った経験を持つ河野は、強い関心を示したという。

 日本にインターナショナルスクールをつくる意味はなにか。河野ら政府要人を前に国際企業の誘致、その子女の教育機械の創出等を滔々と説いた。そしてプレゼンの掉尾をフェイフェイはこう締めくくった。

「白洲次郎を毎年100人育てましょう」

 その端正な風貌、豊富な財力、妻・正子が旧華族樺山家の出身など、白洲次郎の生涯は華やかさに彩られている。白洲が最も輝いたのは、戦後の宰相・吉田茂の側近としてGHQと渡り合い、後には戦後日本の主権回復を国際的に宣言するための「サンフランシスコ講和会議」の枠組作りに、全権委員顧問という肩書ながら多大なる貢献をした時である。

 白洲は戦後復興への道筋をつけた功労者だった。その白洲の交渉の源泉となったのは、ケンブリッジ大学留学で身に付けた人脈と外国人と渡り合う胆力だった。インターナショナルスクールに子弟を通わせる意義は、まさにここにあるのではないか。

 白洲次郎を育てる。フェイフェイのキャッチコピーは、きわめて魅力的だ。

2023.03.07(火)
文=児玉 博