――あのシーン、印象的でした。引用される島倉千代子さんの『愛のさざなみ』の歌詞ともよく合っていて。今作はさまざまな作品の引用がありますけど、書いている時に思い浮かぶんですか?
太田 そうですね。書いていて、「そういえばあの歌が合うな」と、ふと思って入れたんじゃないかな。
世の中には、物語の中でしか想像できないことがある
――太田さんは読書家としても有名です。これまでたくさんの物語を読んできたと思いますが、改めて、物語が持つ力について、どのようにお考えですか?
太田 世の中には、物語の中でしか想像できないことがあるんじゃないかと思うね。
インターネットやSNSなんかで議論する人たちは、エビデンスを提示して重要なことを話すよね。例えばロシアとウクライナの問題にしても、条約とか国連憲章とかNATOとか。
そういう資料を基に議論することも大事だけど、俺はドストエフスキーやゴーゴリの作品を読んだ方がいいと思ったりする。ロシアという国について語る時に、ああいう古典文学を切り口に読んでいかないと、ロシア国民の歴史の下地がわからないんじゃないか。ウクライナの歴史も同じで、あの国には侵略されて独立するという、何千年と続く戦いがあるわけですよ。それを、ゴーゴリの『隊長ブーリバ』(潮出版社)って小説では、勇敢な戦いとして描くわけだけど、ずっと殺し合いですよ。
欧州の論理だけではなくて、「そういう血が彼らにあるんだ」ってことをもうちょっと深くストーリーとして捉えないと。そうすると条約や歴史を読んだだけでは理解が難しい部分が、わかるんじゃないかと思いますね。
――ありがとうございます。最後に、どんな方々に今作を読んでほしいですか?
太田 若者にも、俺と同世代の人たちにも、みんなに読んでほしいですね。
我々にとっての未来って、まだまだ続くわけじゃないですか。「これから悪くなる一方だ」という考え方が世の中には多いけど、そんなことはないって俺は思うんだよ。割と楽天家だからね。
作品に出てくる「未来はいつも面白い」というフレーズは、俺の作品で共通して扱うテーマなんだけど。この先何があっても、もしそれが悲劇でも、それすら面白いじゃんって伝えたいんですよね。
2023.03.08(水)
文=ゆきどっぐ
撮影=榎本麻美/文藝春秋
スタイリスト=植田雅恵