店主の門脇美紀子さん(73)は「父母は満州からの引揚者で、店は戦後間もなく父が始めました。ただし、実質的に味を確立したのは、創業から間もなく経営を引き継いだ母でした」と話す。

 母ハル子さんは、満州で医師として働いていたのだという。しかし、戦後は一人で店を背負っていかなければならなくなり、医師には復職できなかった。

 

「牛骨でスープのだしを取ったのは、戦後のお金がない時代、肉屋に転がっていた牛骨を使ったからです。出入りの肉屋さんが『満洲味はこんなものを注文した。こんなふうに作れば同じ味になる』と他の店に教えたので、牛骨ラーメンが広まっていきました」と門脇さんは話す。

 牛骨でだしを取るとスープの脂が濃くなる傾向があるようだが、ハル子さんの作るラーメンはとりわけインパクトがあったようだ。「竹を割ったような性格」(門脇さん)を反映していたのかもしれない。

 その証拠のような話がある。

 門脇さんは、母に大学進学を許されず、高校を出るとすぐに店を手伝った。このため出前に走り回ったのだが、「どんぶりを下げに行くと、うちのは遠くからでもハッキリ分かりました。黒くなっていたからです。脂が濃くて甘かったのでしょう、アリが黒々とたかっていました」と話す。それだけではない。「ウナギの代わりとしても食べられました。お金がない人や、ウナギが嫌いな人が食べに来たのです」。精がつくスープでもあった。

 ハル子さんは36年前に亡くなり、門脇さんが店を継いだ。

 その後は自分なりに味を変えた。「母はだしを取ったスープをすぐに使っていましたが、私は前日のだしに一度混ぜて、ワンクッション置きます。煮込む時に野菜も入れるようにしました」。すると味がまろやかになって旨味が引き立ち、さらに食欲が湧く香りになった。定番の醤油ラーメンを頼むと、コクがあるのに、あっさりしていて、鼻腔が牛肉の香りで満たされる。

2023.02.20(月)
文=葉上太郎