「悠仁は虫に興味を持って、『これは何という虫?』とよく聞くんですよ。私はすべて教えました。子どもっていうのはかわいいものですね。本当にかわいい」
陛下はそうおっしゃった。
「夜に歩かれたのですか」と聞くと「そうですよ」とにこやかに答えられる。
おそらく私たちが今いるのと同じくらいの午後8時前後に、お二人で虫の鳴き声を聞きながら歩かれたのだろう。陛下とお孫さんが2人きりで虫の音に耳を傾ける姿を想像するだけで、うれしくなった。
応接室はテラス戸を開け、網戸にしていた。陛下は耳を網戸の先の庭に向けて、
「今日も虫がよく鳴いている」
とおっしゃりながら、しばらく虫の音を楽しんだ。
陛下は「悠仁」と孫のことを呼んでいた。悠仁さまが陛下のことをどう呼ぶのかは聞きそびれてしまった。やはり御所言葉の伝統にのっとって「おじじさま」、皇后さまのことは「おばばさま」と呼ばれるのだろうか。これは私の想像に過ぎないが、そんな伝統にはしばられない、世間と変わらない祖父と孫の関係に近いのではないかという気がした。陛下は悠仁さまのことを「かわいいんですよ」と繰り返しおっしゃった。孫を思う気持ちとして「かわいい」と感情を抑制することなく素直におっしゃったことが、私たちには印象に残った。
「タヌキが出て来て危ないんです」
今思い返すと畏れ多いことなのだが、この吹上御苑を両陛下に案内していただいたことがある。きっかけは、2014年12月19日の4回目の懇談の折、終戦時の御前会議の話が出て、半藤さんが「あの防空壕は、今はどうなっているのでしょうか。一度、見てみたいのですが……」と申し上げたことだった。防空壕とは、昭和天皇が終戦のご聖断を下した御前会議が開かれた「大本営地下壕」(御文庫(おぶんこ)附属庫)を指している。
陛下はこうおっしゃった。
「だいぶ朽ち果てて、中に入るのは難しいようです。いきなり入ると天井が落ちてきたり、タヌキが出てきたりして危ないんです」
2023.02.18(土)
文=保阪正康