Q なぜ学習院は「宮様の学校」なの?
宮内庁は2月16日、秋篠宮家の長男・悠仁さまが筑波大附属高校の入学試験に合格したと発表しました。4月に同校へ進学する見込みで、皇室に生まれた皇族が学習院以外の高校へ進学するのは戦後初めてだと報じられています。
たしかに、皇族の方が進学する先といえば「学習院」というイメージがありますが、地方で生まれ育った私には、そもそもなぜ学習院がそこまで皇室と関わりが深いのかピンとこないのも事実です。学習院とは、一体どのような学校なのでしょうか。また、なぜその学習院に“進まない”という選択が生まれつつあるのでしょうか。(20代・男性・自営業)
A 「一般の人たち」が学習院に入れるようになったのは戦後なんです。
なるほど、学習院が普通の学校だと思っている人が増えたので、こういう質問が出るようになったのですね。そもそも学習院は、皇族と華族のための学校として設立されたのです。
江戸時代には京都に天皇がいたので、京都に皇族、公家のための学習施設として設立されました。明治になって東京に居を移し、江戸時代の公家や殿様たちが華族になったので、皇族と華族のための学校になりました。明治の中頃には宮内省の管轄の官立学校になっていました。庶民には縁のない特別な学校だったのです。
それが、第二次世界大戦後、私立学校に改組され、一般の人たちにも門戸を開放したのです。
この歴史があるわけですから、皇族は学習院に進むものとみなされてきました。学習院の側も、その誇りを持っていたのです。
ところが、秋篠宮殿下は、特殊な教育環境ではなく、普通の環境で子どもたちに教育を受けさせたいと考えたのでしょうね。これは私の個人的な推測ですが。
2022.03.15(火)
文=池上 彰