そんなうじうじやってる私に愛想を尽かして行動を起こしたのは恋人だった。あるライヴに行ってAマッソの漫才を観てきたのだが、彼女の顔は晴れやかだった。詳しく訊いてみるとその日、披露したネタの始まり方はこうだ。「行きつけの喫茶店がある」「そこのハムサンドが絶品」そうしてネタはひとつのカーヴを曲がる。「そのハムサンドに挟んであるハムの枚数がマスターの支持政党の議席数」「さて、マスターの支持政党は?」私は猛烈に感動していた。こんなに美しいカーヴがあったなんて。

 それから少し経った2017年の2月以降、私はお笑いのライヴに通うようになる。音楽のライヴはそれぞれのバンドで機材も違うので、入れ替えの時間がどうしても必要になるため、通常のイヴェントだと3、4バンドも出ればいい方なのだが、お笑いのライヴは機材の入れ替え等が少ない分、出演者が多く、4、5分もネタをやったらまた次の出演者、というのが繰り返されていて、そのことに最初は大いに戸惑ったし、だからこその刺激にもつながった。

 初めてAマッソを観に行った劇場は新宿にあるバッシュ‼という座席数50の小さな劇場だった。出演者の中には今をときめくヒコロヒーさん、ランジャタイ錦鯉や、にゃんこスター結成前夜のスーパー3助さんも居た。そこからは数珠つなぎのようにAマッソや松本くんから教えてもらっていたランジャタイや虹の黄昏が出演するライヴやおすすめのイヴェントをチェックし、足を運び、そこでまた新しい芸人を知る、というスパイラルに陥り、実際コロナ禍前まではよく劇場に通うことになる。

 私がはじめて劇場に足を運んだその日、私に一番の衝撃を残したのは街裏ぴんくさんの漫談だった。「マンションの3階で虎飼ってるで~!」と叫んでから始まった彼の漫談は、(無粋なことを言うようだが)何から何まで本当のことがない、知ってる言葉や表現が幾重にも折り重なり、知らない間に知らない、わからない景色に頭の中で強制的に描き換えられる快感があって腰を抜かした。そしてこの感覚に覚えもあった。

 それは10代中頃、ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」を聴いていたときの「この曲はこの次、一体どうなってしまうんだろう」という感覚だ(と思う)。見たことのない跳躍で誰も知らない場所に着地する、という意味ではAマッソや街裏ぴんくさんも、ビーチ・ボーイズもバート・バカラックも一緒だったのだ。と、いうわけでただ一度、ライヴに足を運んだだけで「知らなかった世界」がとたんに開けてしまった。若かった頃の私は隅に追いやられたわけでも、自ら隅を目指したのでもなく、自分が居てもいい場所を探していたのかもしれない、と今ならようやく思える。

澤部 渡(さわべ・わたる)

2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。2022年11月30日に新しいアルバム『SONGS』をリリースした。
https://skirtskirtskirt.com/

Column

スカート澤部渡のカルチャーエッセイ アンダーカレントを訪ねて

シンガーソングライターであり、数々の楽曲提供やアニメ、映画などの劇伴にも携わっているポップバンド、スカートを主宰している澤部渡さん。ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部さんのカルチャーエッセイが今回からスタートします。連載第1回は新譜『SONGS』にまつわる、現在と過去を行き来して「僕のセンチメンタル」を探すお話です。

2023.02.08(水)
文=澤部渡
イラスト=トマトスープ