芸能の仕事で悩んでいた自分を料理が救ってくれた

 小学生の時、初めて受けたテレビのオーディションに奇跡的に合格し、中学2年生の終わりまでまあまあ忙しく仕事をしていた私は、高校生になっても当然仕事があるものだと思って芸能コースのある高校に進学しました。が、オーディションに全く受からない!!!!!!!! ほとんど仕事がありませんでした。そんなもん、と言えば、そんなもんで、オーディションなんて100回受けて1回受かれば良い方なのですが、すんなりデビューした私にとっては初めてぶつかる壁。精神的にかなり参ってしまった私は胃を痛め、ごはんがほんの少ししか食べられなくなってしまいました。

 ただ、そのおかげで良かったこともあります。「どうせ少ししか食べられないなら、最高においしいものを厳選して味わいたい!!!!」という、食欲があるんだかないんだかよくわからない謎の欲求が生まれたのです。謎の欲求に突き動かされ、これなら食べてみたい! と思えるおいしそうなものをリサーチする日々が始まりました。飲食店のレビューサイト、レシピ本、料理雑誌……料理が掲載されているものなら何でも読み漁りました。とはいえ私もまだ高校生で、外食はできてもせいぜい週1回程度。自然と自分で料理したものを食べる機会が増えていきました。レシピ本を片っ端から読んでは、作ってみたい! 食べてみたい! と思うものを、自分で自分のために作る。そうやって、気がついたら少しずつ量も食べられるようになって、食を楽しめるようになっていました。

 当たり前のことかもしれませんが、レシピって本当に素晴らしいもので、なんだかよくわからなくても書いてある通りにきっちり進めていけば、自分が作ったとは思えないようなおいしい料理に必ずたどり着くんです。答えのない芸能の仕事と違って、そこに答えがちゃんとあることが新鮮で、とにかく嬉しかった。自分が食べたいものを食べるために始めた料理でしたが、いつしか料理をすること自体がとても好きになっていたのです。次第に作ってみたいレシピの数と自分の胃袋のキャパが合わなくなって、家事の手伝いがてら家族にも料理をふるまうようになっていきました。

 私が通っていた高校は、芸能活動をしている子ばかりが集まる少し特殊な学校でした。仕事のために上京して慣れない一人暮らしをしている子や、無理なダイエットをしている子が多く、食事の内容がとにかく不規則かつ不健康。5本入りのスティックパンを1本ずつ食べて一日過ごしていたり、コンビニの千切りキャベツにノンオイルドレッシングをかけたものを1食にしていたり……。一番驚いたのは、友人がお弁当箱を開けたら、中にミニトマトとこんにゃくがぽつんと入っていて、仕切りの中で転がっていたことでしょうか。今思い出すと笑ってしまいますが、このままではみんな身体を壊してしまうのではないかと勝手に危機感を覚え、定期的に友人のためにおにぎりを作って持っていくようになりました。

 自分のために、レシピ通りにきっちり作るのも楽しいけれど、友人ひとりひとりの好みに合わせてイチからおにぎりの具材を考えたり、味の組み合わせを空想したりする時間はもっと楽しくて、目の前にある食材と食べてくれる人のことだけに集中できる料理の時間がいつしか心の拠り所になっていました。なによりも、自分の作ったおにぎりを食べて喜ぶ友人の顔を見ると、仕事のない自分のことも少し許せたというか、心の底から救われたのです。

「なぜ、スープでもサラダでもサンドイッチでもなくおにぎりだったんですか?」と聞かれたことがあります。そんなこと、考えたこともなくて、その日はうまく答えられませんでした。高校生だった私が特に迷うこともなく、友達のためにおにぎりを持って行こうと思ったのは、おにぎりをもらったときの安心感と嬉しさを誰よりも自分がよく知っていたからです。このことに気がついた時、久しぶりに祖母のおにぎりのことを思い出しました。祖母からおにぎりを通して受け取っていた愛情やパワーを、同じように友人にもあげたかったんだと思います。

 大好きだったはずの祖母のおにぎりを、反抗期で食べなくなって、それから会う回数も少しずつ減り、そのうちに祖母は亡くなりました。自分が握ったおにぎりを食べる私を嬉しそうに見ていた祖母と同じように、私もまた自分の握ったおにぎりを喜んで食べる友人の顔を見るのが嬉しくて、忘れられなくて、気がついたらついに料理家にまでなってしまいました。祖母がもしこのことを知ったら、喜んでくれるでしょうか。考えても無駄ですが、つい考えてしまいます。

長谷川あかり(はせがわ・あかり)

料理家・管理栄養士。1996年生まれ。SNSで発信している、食べ疲れしないのにちょっぴりおしゃれで自己肯定感の高まる“新しい家庭料理”のレシピが大好評。「なんでもない日を幸せにする、シンプルで豊かなごはん」をテーマに、料理家として活躍中。初のレシピ本『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』(KADOKAWA)を刊行。
Twitter @akari_hasegawa

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編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載です。

(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)

2023.01.27(金)
文=長谷川あかり