「頭が割れそうなくらい悲しいのにアマゾンの領収書を印刷した。それが生きるということ」

 一人の稀有な作家が最後まで見せた「生きる」姿が本書にはある。いずれ誰もが訪れる場所に向かって、静かに遠去かって行くその足取りを、私は決して忘れないだろう。

『再婚生活』で、ご主人のことを「王子」と書いていた文緒さん。「ふざけて呼んだら定着した」と教えてくれたが、一貫して彼のことを「夫」と記している本書の中で、「王子」とした箇所が一つだけある。胸がいっぱいになるその呼びかけに、彼が本当に文緒さんにとっての「王子様」だったのだと知った。あの時、笑ったりしてごめんなさい。

やまもとふみお/1962年神奈川県生まれ。OL生活を経て作家デビュー。『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、『プラナリア』で直木賞、『自転しながら公転する』で島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞受賞。21年10月13日に膵臓がんのため死去。
 

きたおおじきみこ/北海道生まれ。著書にエッセイ『ロスねこ日記』、小説『ハッピーライフ』など。最新刊は『お墓、どうしてます?』。

2023.01.03(火)
文=北大路公子