この記事の連載
- 上野千鶴子×浜田敬子 #1
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均等法世代が増やした選択肢
浜田 まさに坂東さん世代の働き方を見ながら、親を呼び寄せるか、ベビーシッターをフルで使うことでしか働く道はないと思っていたので、他に選択肢はなかったんです。でもそれを15歳ぐらい下の世代に理解してもらおうとしても、全く通じない。葛藤があるかないか以前の問題なんです。
上野 わかります。葛藤があるのは選択肢があるからです。でも葛藤がないのは他の選択肢すら与えられなかったということを、問いかけた若い世代はおそらく理解できなかったと思います。
浜田 「浜田さんたちの世代のように働けません」と言ったのは、ちょうど10歳年下の世代なんです。価値観が変わるには10年かかるんですね。「子育ても自分でしたいんです」と言われたのはすごくショックでした。私には子育てを犠牲にせずに働くという選択肢はなかったから、世代でこんなに違うんだと。当時はリモートワークの制度はなかったんですが、いつどこで働いてもいいから、自分の担当の記事を締め切りまでに上げてくれればいいよ、というやり方を採用しました。私もそこまではできたんです。
上野 10年以上かけて、前を歩いていた人たちが、曲がりなりにも選択肢を増やしてきたんですよ。自分の子どもを自分の手で育てたい、というのは自然な感情ですよね。それを口に出してもいいという時代を、浜田さん世代が作ってきたわけでしょう。後輩世代が浜田さんと同じようなことを繰り返していたら、未来永劫変わらないですからね。
浜田 でも均等法世代がロールモデルになってしまったために、後輩たちが「あんなふうになりたくない」と管理職を目指さなくなった、という負の影響もあるわけです。
上野 私はフリーランスでシングルマザーだった女性のことを思い出しました。クライアントに出産の影を微塵も感じさせないように、出産前後も全く同じペースで働くことを前提にして、新生児のときからベビーシッターに毎月60万円を使って子どもがいる気配を消していた。それが働く女の美学だった時代がありました。
浜田 それを美学と言ってしまうと、今ドン引きされます。
上野 そうです。でも林真理子さんがアグネス論争のときに子連れ出勤のアグネス・チャンさんを批判したのは、要するに働く女たちの美学を侵したということでしょう? この本を読む若い人たちには、先輩女性たちがどれほど惨憺たる思いをしてきたかをわかっていただかなくちゃと思います。
男性中心企業の終焉 (文春新書 1383)
定価 1078円(税込)
文藝春秋
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浜田敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト/前Business Insider Japan統括編集長/元AERA編集長。 1989年に朝日新聞社に入社。前橋、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、アメリカの経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。20年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年8月に一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構を設立。著書に『働く女子と罪悪感〜「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社文庫)。
上野千鶴子(うえの・ちづこ)
1948年生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。日本における女性学・ジェンダー研究・介護研究のパイオニアとして活躍。著書に『女たちのサバイバル作戦』『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』(文春文庫)、『おひとりさまの最期』(朝日文庫)など。現在、「みすず」で「アンチ・アンチエイジングの思想」を連載中。
2022.12.19(月)
文=鳥嶋夏歩
撮影=釜谷洋史