購入ボタンを押して待つこと20秒。アッツアツのだし汁を注がれたうどんが提供口から出てくる――。
こんなレトロな自販機が、島根県にはまだ多く残されている。
果たしてどんなメカニズムで、どんなタイプのうどんを食べられるのか。簡素な味わいを想像しながら現地に向かうと、良い意味で予想を裏切られる結果となった。
「これが食べたくて広島からきたのよ」
萩・石見(いわみ)空港から津和野方面に車を走らせること約10分。山あいの道、国道187号を川沿いに進むと、多くの車がとある一角に引き寄せられてゆく。看板には「後藤商店」と書かれているが、お目当ては10台ほどある自販機コーナーのようだ。バイカーがひっきりなしに訪れ、他県ナンバーの自家用車も少なくない。
「うどん そば」「ラーメン うどん」と書かれた3台の自販機は、明らかに年季が入っている。一方、テーブルに腰かけて麺をすする人々の表情はほころんでいる。
「これが食べたくて広島からきたのよ」
という声も聞こえてくる。
週末は1日300から400食、平日でも200食売れて大盛況
はやる気持ちを抑えつつ、ご夫婦でこの商店を営んでいる後藤景子さんにお話をうかがった。
「うどんの自販機を入れたのは昭和53年か54年ですから、もう45年近く前のことですね。もう自販機の製造は終わっていてよく故障しますが、近くのお店の方に見てもらったりして、大体のことは自分たちで直せますよ。
最近、NHKの番組で取り上げられたこともあって、週末は1日300から400食ぐらい。平日でも200食は出ますね。夜勤明けの早朝に食べる人がいたり、仕事に行く前に朝食代わりに食べる人がいたり、利用されるパターンはそれぞれ。川を眺めながら食べるのが気分いいんですよ」
目の前を流れているのは、清流日本一と呼ばれる高津川。キラキラと輝く水面はたしかに心地よい景色だ。寒さが厳しくなる冬には、真っ白な湯気に包まれる器が恋しくなるだろう。
2022.12.01(木)
文=「文春オンライン」編集部