精神的に追い詰められていくダイアナ

 『スペンサー ダイアナの決意』は、1991年のクリスマス休暇に、王室の私邸サンドリンガム・ハウスに一族が集う3日間を描く。冒頭、まるで軍隊のようなものものしさで、休暇中の食材を運ぶトラックの行列が私邸に向かう。険しい顔つきの料理長はスタッフに、迷惑にならないように、なるべく物音を立てるなと命じる。祝祭気分とはかけ離れた雰囲気と、厳しいしきたりに縛られた人々。一方、ダイアナは先に合流している子どもたちに遅れてひとり、嫌々ながら車を飛ばして向かうものの、途中で道を誤り、途方に暮れる。

 こうした映画の幕開けから、因襲に縛られた王室の姿とダイアナの関係が鮮やかに映し出される。まるで檻に囚われた動物のように、一族の冷ややかな眼差しのなかでじりじりと精神的に追い詰められていくダイアナを、スチュワートは繊細に、しかしいまにも破裂しそうな気配をもって表現する。その様子は圧巻だ。  

 ダイアナの声音や喋り方、身のこなしを学び、完全に自分のものとしたスチュワートは、役作りのプロセスで感じたことをこう語る。

 「彼女について一旦調べ尽したら、あとはわたし自身が思うパーソナルなダイアナを演じればいいと思った。本作はいわゆる伝記映画ではなく、ラライン監督の主観に拠るもので、これが本当のダイアナだと言いたいわけではない。でもわたしたちが共感したのは、彼女は愛溢れる人で、良き母であろうと努力をしていたということ。

 人生に失敗は許されない立場で、自分の選択を後悔し、でもそこから一歩も動けない。その辛さは想像を絶する。彼女には人を惹きつける独特の魅力があって、人々から愛されたけれど、自分を愛してくれる大衆に嘘をつき続けることになった。その不誠実さに彼女は耐えられなかったのだと思う。そして子どもたちのためにも決断を下した」

 アカデミー賞をすでに2度受賞している衣装デザイナー、ジャクリーン・デュランの指揮のもと、シャネルがコラボレートした衣装の素晴らしさも見逃せない。それらはファッション・アイコンでもあったダイアナの人と成りを雄弁に物語る。衣装について、スチュワートはつけ加える。

「ダイアナのとても若い頃の写真を見ると、どこかぎこちなく、他人から服を着せられているような感じがした。でもその後彼女は自分のスタイルを確立する。彼女がいかにその洋服を気に入っていたかは、一目でわかるわ! 彼女のスタイルが目立とうが目立たなかろうが、彼女はつねにクールだった。だから本作でも衣装は最も重要な要素のひとつで、パブロもジャクリーンも本当に入れ込んでいた。衣装が演技をする上で大きな助けになった」

2022.11.12(土)
文=佐藤久理子