CREAスタッフの中でも指折りのウナギ愛好家、ライターの嶺月香里さん。取材で全国各地を飛び回り、行く先々でウナギ情報を仕入れてくる嶺月さんは、編集部でウ大臣と呼ばれています。そんな嶺月さんのおすすめウナギ情報を書き綴ってもらう連載がスタート!
今回は東京で、ウナギの原点に出合える「日本橋いづもや」へ。
今回の主役はウナギ料理の古典“蒲の穂焼き”
ウナギと聞いてまず思い浮かべるのは蒲焼きですが、江戸時代(200年くらい前)に生まれた比較的新しい食べ方だそうで。それ以前はウナギを割くワザもなく、丸ごと塩焼きしていたんじゃないかというのが通説。ちなみに日本では約5,000年前の縄文時代からウナギを食べていたといわれており、日本人のDNAにはウナ好き遺伝子がきっちり刻まれているようです。
「“蒲の穂焼き”という、昔の食べ方を復刻したんですよ。あまり宣伝していないのですが、一度食べたらやみつきになるようで。知る人ぞ知る、すごくコアなファンが多いんです」と『日本橋いづもや』の三代目若旦那にささやかれたのは何年前のことだろう。
それは頭と尾を落とした丸のままのウナギに、ぐいっと竹串を刺し、塩をふって炭火で炙ったものだといいます。白焼きみたいな? と問えば、ぜんぜん違うと返ってくる。それってどんな味!? 妄想は広がるばかり。いてもたってもいられず、でも、ひとりで食べるのはもったいないとばかり、ウナギ好き4人を集めて“蒲の穂焼き”の宴を決行することに。
「日本橋いづもや」は昭和21年創業のウナギ割烹の老舗で、大きなオフィスビルに囲まれるエリアの中、なんとも粋な古き良き日本橋の佇まいを残しているお店。上品なお座敷でコース料理でも、テーブル席で酒を飲みつつ気になるウナギ料理を好きなだけ堪能するのもよし。
“蒲の穂焼き”の注文はウナギ一匹分から。「何等分に切って焼きますか?」と聞かれるが、断然2等分がおすすめ。あまり細かく切らずとも、ぺろりとなくなってしまうから。
待つことしばし、“蒲の穂焼き”がテーブルに運ばれてきます。香ばしい焼き色、立ち上る匂い、そして見たこともない串刺しウナギのビジュアル。何もかも初めてのウナギ体験に心奪われ、つい夢中で写真を撮ってしまいたくなりますが、ここはアツアツのうちにガブリと頬張るのが正解!
パリッと音が聞こえてくるほど強火で炙られた薄皮を心地よくかむと、皮から解放されたウナギの身がどわっと口中にあふれ出す。ウナギから溶け出した脂と、ウナギ出汁のスープ? とでも言おうか、ジューシーな肉に濃い旨みが絡みつく。焼いている間に脂がほどよく落ちているのでしょう、くどさや重たさは皆無。鼻に抜ける芳醇な香り、舌の上にはただただピュアなウナギの滋味が余韻として残ってくれるのです。
さらに果報なのが肝! 頭と尾を落としただけなので、レバーもハツも全部残したまま焼いているのですが、皮と身に包まれた状態なので肝は蒸し焼き状態に。肝焼きとも肝吸いともまったく異なる味わいと食感、あまりの多幸感に一瞬気が遠くなるほど。そして肝はなくとも、よく動かす尾側の肉はウナ好きを十二分に満足させてくれるもの。
この料理、ウナギの脂が炭に落ち、自らの脂で立ち上った煙と炎に炙られて、旨みや風味、すべての要素を皮の中に閉じ込めて焼き上げたといった感じでしょうか。豊かな味わいにおののき、本当に塩をかけて焼いただけなの?と若旦那に聞いてみると、「調味は塩だけ。焼き方はちょっと秘密」とヤンチャ顔ではぐらかされました。
2022.10.29(土)
文・撮影=嶺月香里