夏休み明けの9月1日は子供の自殺が最も多くなる日と言われている。

 樹木希林さんは生前、そのことにとても心を痛めていた。娘の内田也哉子さんは樹木さんの思いを継ぎ、樹木さんがかつて「不登校新聞」の取材で語った言葉とともに不登校経験者らとの対話を重ねて、2019年に『9月1日 母からのバトン』という本にまとめた。

 日本の孤独対策に奔走する大空幸星さんは、慶應義塾大学在学中にNPO法人「あなたのいばしょ」を立ち上げ、24時間365日対応の無料チャット相談を運営。2年間で36万件以上の相談を受けた。そのうちの4割は10代。8月に『「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由』を出版。自身も難しい親との関係に苦しみ、追い詰められた経験を持ち、子供たちのために辛い状況から抜け出す方法を丁寧に綴っている。

 苦しんでいる子供たちのために何ができるのか。家族との関わり方、人への頼り方について語ってもらった。


樹木希林「嫌な経験をしたことで辛い人の気持ちがわかってよかったね」

内田 私が9月1日のことを知ったのは、母が亡くなる2週間前です。病室で、「どうか死なないで。命がもったいない」と心を痛めていました。私は子供を3人も育てているのに、世の中の子供たちがこれほど苦しんでいることを知らずにいたことを恥ずかしく思いました。その後、『不登校新聞』の方や不登校経験者らにお話を聞かせていただき、『9月1日 母からのバトン』という本を2年半前に出させてもらいましたが、残念ながら、この問題に関してその後何もできてはいないんです。

 大空さんの書かれた『望まない孤独』と『「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由』を読ませていただき、大空さんの身に起きたこと、自殺の現状を知り、まずは人として、母親として深いため息が出ました。と同時に大空さんの考え方や取り組みを知り、まだ希望がちゃんとあることに背筋がしゃんと伸びました。私は46歳、人生の後半に差し掛かって、いま改めてできることは何か、伺いたくて今日はまいりました。

大空 ありがとうございます。

内田 私の母は変わっていて、私や私の子供たちが人生に行き詰まったり、ちょっとしたいじめなど、嫌な経験をすると、まず「ああ、よかったね」と言うんです。「いつか辛い思いをした人に出会ったときに、その人の気持ちがわかり、どうして欲しいかわかるだろうから、(辛い体験ができて)まずはよかった」と。

 言われたほうは苦しい最中なので、「なんてことを言うの!?」と思っていました。でも、実際に不登校を経験された方々に取材でお会いして、みなさん例外なく人の気持ちを慮る、本当に優しい方々でした。誰かの痛みを感じたなら、根気よく向き合うことができる。大空さんの文章のなかにもその丁寧さを随所に感じました。

 大空さんは子供のころから大変なご経験をされた。でも、生きてこられた。生きてこられたからこそ、底なしの優しさを持って、ときには大人たちの作る世界や政治に対して厳しい眼差しを持って、孤独対策に取り組んでおられることに大きな希望を持ちました。

まずは、半径5メートルの人をいかに幸せにするか

大空 僕自身は、自分の体験をまだ消化しきれてはいないんですよね。僕はたまたま、高校時代に信頼できる先生に出会い、死を免れることができました。でも、それは奇跡的な幸運だったと思います。自分の体験に向き合うのは苦しい作業なので、見ないようにしようという思いと、でも、同じように苦しんでいる人もいるのだから、何かしなければという二つの気持ちがせめぎ合っている感じです。優しいと言っていただけるのはすごく嬉しいのですが……。

内田 「優しい」って生ぬるく聞こえるかもしれませんね。本当の意味で試練を乗り越え、自分を強くしていった先にある優しさ。それはきっと、弱い立場にいる人に向けられる壮大な優しさなんだと思います。孤独対策や自殺予防のいまの活動を続けておられるモチベーションは、やはりご自身の経験からですか?

大空 そう思います。相談窓口や支援をしている人は、「他者のために人生を捧げたい」、「自分は助かったのだから、苦しんでいる人に手を差し伸べたい」という心の優しい方が多いです。それはとても尊いことだと思いますが、僕は自分の人生を一番大切にしたいと考えています。結果的には人のために時間を割いているけれど、自分の人生を大切にしながら、余白のなかで支援することをあたりまえにしたい。生活困窮者の支援者のなかには、生活保護受給世帯よりも貧しい暮らしをしている方もいらして、それが普通になってしまっている現実があります。

 さっき内田さんが、この2年半(自殺防止に関する活動を)何もしていないとおっしゃったけれど、その間にお子さんを立派に育て、お仕事もされています。1人が100人を救うのではなく、1人が余白のなかで周りの10人を救い、そういう人が10人いたら結果的に100人を救えます。

内田 なるほど、そうかもしれません。大きなムーブメントでなければと思いがちでした。

大空 子供たちが最初に頼りやすいのは、学校や家族、周囲の人です。そこが正常に働けば、相談窓口は必要ない。半径5メートルにいる周囲の人たちをいかに幸せにするか。そういうことをあたりまえに考える社会になれば、頼れる人も増えて、多くの子供たちが救われるのかなと思っています。

内田 すばらしい! それこそ身近で持続可能な取り組み方ですね。例えばボランティアの現場では、早急に必要なのは、経済的な支援なのでしょうか。 

2022.10.08(土)
文=黒瀬朋子
写真=鈴木七絵(大空さん)