悩みの深さを他人と比べる必要はない

内田 これは容易にできることではないし、もっとひどいことを親にされた子供たちにとっては酷な話だと思います。ただ、基本的に人間は愚かなもの。その子が生きるなかで少しでも喜びを感じられたら、人生の終わりのほうかもしれないけれど、親に対する辛い気持ちをほんの少しでもふやかしていけたら、自分のために楽になれるのでは、と思います。

大空 そういうお話を伺うとすごくほっとします。無理に「いま許さなきゃ」と思わなくていいんだなって。

内田 そう、タイミングが来ますから。いや、断言はできませんね。来る、かもしれないので。もし、そのときがきたら、どうかご自身のために、昔の感情に固執しないでいただきたいです。

 うちの場合は、虐待ではなく両親の関係がうまくいっておらず、それに翻弄されただけなので、辛さのレベルが全然違いますが……。でも、悩みの深さはひとりひとり比べられないですよね?

大空 そうなんです。とにかく比べちゃいけないんです。SNSで比較が容易になっているから、「他の人に比べれば自分は恵まれている」と思いがちです。でも、そう思う必要は全くありません。

内田 「人と比べるな」とは、母も口を酸っぱくして言っていました。そのくらい、人間が自然にしてしまうことなんでしょうね。

チャレンジは安全なところからしかできないもの

内田 大空さんは生きる気力も無くして、学校にも行けなくなったところから、みんなが憧れるような大学に入られた。どんな努力や勉強を? どうやってキャッチアップしたのですか? 

大空 高校時代は生活のためにアルバイトもしていたので、睡眠を削り、とにかく時間を作って勉強していました。頑張るモチベーションを保てたのは、頼れる人がいるという安心感があったからだと思います。僕にとってはそれが先生でした。先生が大学に推薦書を出してくれたので、落ちるわけにはいかないという思いもありました。

 大人は「チャレンジをしろ」と言うけれど、チャレンジって、安全なところからしかできないんですよね。一人じゃないという安心感を持てると挑戦できます。頼れる人や依存先を、家族以外にもたくさん持っておくことだと思います。そうすると余裕が生まれて、受験や就職、自分のやりたいことにつながるのかなと思います。

内田 『9月1日〜』で対談したロバート・キャンベルさんも、学校や家庭だけでなく、「非常口」。いくつものハッチを持っておくことが大事と話しておられました。

大空 自死を望む子も不登校の子も、「(暗闇を抜け出すのに)どうしたらいいかわからない」と言うけれど、「こうなりたい」というものはあるんですね。「学校に行く自分」とか、「友達をたくさん作って頑張る自分」とか。

「学校に行かなくてもいい」と言われるのも辛い

内田 ラジオやオンラインイベントなどで「9月1日」について、様々な方と議論する場に寄せられたのは、著名人が「学校に行くか死かだったら、学校なんか行かなくていい」というメッセージを送る。でも、当事者やご家族からすると、そんな簡単なことではなく、不登校の先にはとてつもない社会的な試練がある、という悲痛な声もありました。

大空 いじめられて学校に行きたくない子もいますが、むしろ、学校に行きたいのに行かれなくて苦しい思いをしている子がほとんどです。だから、「学校に行かない自分」も肯定する。

 周囲はその子のすべてを受け入れて、学校に行くことも行かないことも応援する。本人のなりたい姿を追い求められるように、伴走しながら、背中を押してあげるのが大事かなと思います。

内田 私たちはまずこの現状を知ることが第一段階ですね。同時に、教育段階から、子供のこういう問題を伝えていかないと、今後も、後処理するだけの状態が続いてしまう気がするのですが、どうしたらいいのでしょう?

大人が自分の失敗を勇気を持って子供に伝えてみる

大空 僕らのNPOは学校でお話しする機会もあり、子供たちに相談窓口の連絡先を書いたカードを配りますが、相談窓口の使い方を教えられていないから、使えないんですよね。具体的な頼り方、親や友達や先生に悩みを相談したあとに状況がどう変わるかまで、教えることが必要。不登校だったけれど、先生と話して、保健室登校から始めて教室に戻ったとか。具体的に自分の未来を見通せる方法を示す。

 誰かにつながることは、恥ずかしいことでも負けでもなんでもない、あたりまえの行為だということを伝えないといけないと思います。

内田 そして、教育現場で教えようとすると、どうしても上から押し付ける形になってしまうので、何か率先して関わりたくなるようなエンターテインメントなどを通じて、子供が面白がって知ることができるようになるのもいいかもしれませんね。

大空 あともう一つ。僕が先生を頼れたのは、先生がご自身の失敗や悩みを話してくれたからなんですね。最初は僕も戸惑ったけれど、それを聞いてこの人は信頼できると思えました。

 大人が成功体験を押し付けるのではなく、勇気を出して、自分の弱点を子供に見せていくことも大事だと思います。完璧な子育てをめざそうと緊張感のある家族関係では、子供は悩みを出せません。人間対人間なので、お互いに弱みを出せるような環境だと、悩みを吐き出せる子供たちも増えるかなと思いますね。

内田 いま思い出しましたけど、母は「うちは晒されている家族、でもどうせ晒されるのなら、見ている人になにか感じてもらえたら」と、普通なら隠したいようなこともマスコミに聞かれたらすぐ話していました。明け透けすぎて困っちゃうところもあったのですが(笑)。

 何ごとも「もったいない」と思う人なので、自分の恥さえも、同じように苦しむ人の何かの足しになればいい、と。いま、SNSに何でもすぐに上がって、辛い思いをされる有名人もたくさんいらっしゃるけど、愚かなことをしてしまったときに、自分や世間とどう向き合うのか、それを人に嘘偽りなく見せ、反省し、再生することで、誰かの何かの足しになれば、どんな人も生きる価値を見出せるのかな、と改めて思います。そもそも過ちのない人生なんて、あまりないですものね。

悩みごとがあればNPO法人「あなたのいばしょ」へ相談を

【相談先】あなたのいばしょチャット相談 
24時間365日、無料・匿名で相談できます。
https://talkme.jp/

内田也哉子(うちだ・ややこ)

1976年、東京都生まれ。エッセイ執筆を中心に、翻訳、作詞、バンド活動”sighboat"、ナレーションなど、言葉と音の世界に携わる。幼少より日本、米国、スイス、フランスで学ぶ。三児の母。著書に『ペーパームービー』(朝日出版社)、脳科学者・中野信子との共著に『なんで家族を続けるの?』(文春新書)など。絵本の翻訳作品に『たいせつなこと』(フレーベル館)などがある。「週刊文春WOMAN」にてエッセイ「BLANK PAGE」を連載中。Eテレ「no art, no life」(毎日曜 8:55〜9:00)では語りを担当。


大空幸星(おおぞら・こうき)

1998年、愛媛県生まれ。「望まない孤独の根絶」を目的に、2020年慶應義塾大学在学中にNPO法人「あなたのいばしょ」を設立。24時間365日対応の無料チャット相談窓口を運営。1日約1000件以上の相談を受ける。内閣官房孤独・孤立の実態把握に関する研究構成員。内閣官房孤独・孤立対策担当室ホームページ企画委員会委員ほかを務める。『堀潤モーニングFLAG』(TOKYO MX)、『Mr.サンデー』、『めざまし8』(ともにフジテレビ)などにレギュラー出演中。著書に『望まない孤独』(扶桑社新書)など。

「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由 : あなたのいばしょは必ずあるから (14歳の世渡り術)

定価 1,562円
河出書房新社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

9月1日 母からのバトン (ポプラ新書 227)

定価 1,012円
ポプラ社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

2022.10.08(土)
文=黒瀬朋子
写真=鈴木七絵(大空さん)