頭突きをするようなワイルドで激しい演奏

エレーヌ・グリモーは、1969年南仏エクサン・プロヴァンス生まれ。現在は、ニューヨーク郊外に居を構え、野性オオカミの保護活動にも取り組んでいる。 (C) Mat Hennek

 尊大で険しい旋律と真正面から向き合い、頭突きをするようなワイルドな激しさで弾きこなす様子は、急傾斜の氷の山を、たったひとりで登っているよう……というのは、私の勝手なイメージですが、芸術的でもありスポ根的でもあるグリモーのピアニズムは、よくあるフランス系の瀟洒なタイプとは異なり、何やら孤高の美学のようなものを感じさせます。若手指揮者アンドリス・ネルソンスの指揮がまた、岩をけずる荒波のようなブラームスの「ロマン主義」を鼓舞し、完璧なコンビネーションなのが凄い。ピアニストとの真剣勝負の共演はまさに「試合」といった緊迫感です。

 登山家の山に対する想いと、ピアニストのブラームスに対する想いはどこか似ているのかも。その昔、難解でダイナミックなこのコンチェルトを女性ピアニストが弾こうとすると「女のくせに、ブラームスなど」と言われたこともあったと聞きます。しかし、山があるから登らずにはいられぬように、女とて、ブラームスを弾かずにいりゃりょうか。

 激しいパッションとインディペンデント精神で演奏するグリモーが感動的なのは、彼女こそがブラームスの「孤高」を理解しているからでしょう。大学で動物学を学び、野生のオオカミとともに暮らしているというグリモーは、その特殊なライフスタイルを『野性のしらべ』という著作で詳らかにしていますが、どこか生涯独身を貫いたブラームスのエキセントリックと共通するものを感じてしまうのです。

 第1番のコンチェルトがハードな冬山だとすると、第2番は穏やかなルートで登る紅葉の山といった雰囲気だけど、そこに染み込んでいる孤独感はいっそう根深く、ブラームスの生きた「狭き道」を感じずにはいられない。全身全霊でおすすめしたい「登山クラシック」です。

 エレーヌ・グリモーとアンドリス・ネルソンスの黄金タッグによるブラームスのコンチェルトは、11月にバーミンガム市交響楽団の来日公演で演奏されます。行かないと!

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団来日公演
URL www.japanarts.co.jp/concert/concert_detail.php?id=150&lang=1
日時 11月19日(火)19:00~ 
会場 東京オペラシティ コンサートホール
出演 アンドリス・ネルソンス(指揮・音楽監督)、エレーヌ・グリモー(ピアノ)、
   バーミンガム市交響楽団
演目 ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
   ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15(ピアノ:エレーヌ・グリモー)
   ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

Column

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2013.10.08(火)