映像で距離を描くこと、視線を映すことの難しさ

――この映画で惹かれたのは、何よりあの団地の描写でした。向かい合った二つの棟があり、間に少し距離はあるけれど、ギリギリ相手の顔が見えたり叫べば声も聞こえたりする。あの絶妙な位置関係は、脚本の段階から想定していたとおりなんですか。

 そうですね。「離れていても愛することができる」という歌詞がベースになっているように、やはりこの物語では距離が大きなテーマなんです。ただ、映像で距離を描くのは、簡単そうに見えて非常に難しい問題です。ただ普通に撮っただけでは、実際の距離感というのはなかなか画面に現れてこないものなんです。

 そこでまずは舞台を団地にして、二つに分かれた棟に二郎と妙子、そして二郎の両親がそれぞれ住んでいて、そこを行き来することで物語を進めていこうと考えつきました。やがて公園に寝泊まりしていたシンジが二郎の両親が住んでいた部屋に来て、今度は妙子たちの部屋にやってくる、そしてその部屋の風呂場へと足を踏み入れる、というように段々と距離が縮まっていく。その伸縮が大事だと考えました。

 距離感を可視化するために、撮影手法についても要所要所でワンカットでいこうと決めました。棟と棟の移動はもちろん、妙子と二郎の仕事場も「徒歩30秒の距離」と設定し、ワンカットで移動を描く。そういう場所を見つけようと、いろんなところにロケハンに行きました。なかなかベストな場所が見つからないなか、最後の最後に八王子にある団地が候補に上がってきて、行ってみたらほぼイメージどおり。ちょうど見渡せるところにグラウンドがあって、しかも両方の棟に一部屋ずつ借りられた。仕事場の方も見事に「徒歩30秒の距離」にある場所が見つかり、本当に制作部の方々に感謝しましたね。

――おもしろかったのは、彼らが移動するとき、単に道を歩いて渡るだけでなく、階段を上ったり下りたりという過程も丁寧に撮っていることでした。

 映像でどう距離を描くかって、作り手にとってひとつの課題なんです。以前、宮崎駿さんが『太陽の王子 ホルスの大冒険』という、高畑勲さんが監督で、宮崎駿さんが場面設計・美術設計等で参加した初期作品についてインタビューで語っていたことで、興味深い話がありました。宮崎さんたちは、メインの舞台となる村について、ここに主人公の家があって、ここに櫓があって、みたいな位置関係をものすごく緻密に設定してつくったそうなんです。だけど映像にしてみたら、東西南北もわからないし距離がどれだけ離れているかも近いのかも全然伝わってこなかった。

 その反省のなかで、宮崎さんは、水平の距離は映像で描くのは難しい、映像の中での移動は垂直で示さなければいけないのだと理解したそうです。例えば『天空の城ラピュタ』がそうです。『天空の城ラピュタ』では、空から物語が始まり主人公が地上に降りてくる。そしてさらに地下へ降りていき、今度は地上へ、空の上へと昇って終わります。つまり横の位置関係はなかなか伝わらないけど、縦の距離感は直感的にわかるんだということです。

 だからこそこの映画でも、団地の二つの棟を歩いて渡るとき、そこに階段での上り下りを加えることで、縦の移動を実感できるようにしたわけです。

――なるほど。団地は縦の移動を見せる役割を果たしていたわけですね。一方で団地という建築物は共同体的な家族を強く想像させる場所でもありますが、そのあたりは意識されていましたか?

 もちろん団地が人々が集うことで、さまざまな人生や人間ドラマを感じさせる場所であるのは意識しています。ただ、今回はそうした情緒的な理由というより、距離を描くため、縦の移動を描く舞台装置として団地を選んだ、という感じでした。

――この映画は、視線の交わりによって紡がれていくドラマでもありますよね。二郎が人の目をまっすぐに見られない人だ、ということが劇中で語られますが、まさに誰と誰が視線を正面からぶつけるのか、あるいは視線を交わらせることができないのかがドラマを動かしていきます。俳優さんたちを演出するうえで、視線の動きにはかなり気をつけていたんでしょうか。

 これもよく言われることですが、映像のなかで視線を描くのって簡単ではないんです。それこそゴダールは、映画において視線は交わるのか交わらないのか、みたいなことを言っていますよね。うろ覚えですが(笑)。たとえば小津安二郎のような正面からのカットバックでは、一見、お互いをまっすぐに見つめ合っているようだけれど、実際には彼らは相手ではなくそれぞれカメラを見つめている。にもかかわらず、あたかも二人の視線が交わっているように見えてしまう、というのが映像のおもしろさでもある。逆に、本当に見つめ合っている二人を横から映すと、視線が交わっているのかって実はよくわからなくなる。それくらい、映像において視線をどう撮るかというのは難しい問題です。

 そういうことが前提としてありつつ、今回の物語で、見る/見ないということがある種のモチーフとして入ってきたのは、パク・シンジがろう者であるという設定が入ってきたこと、かつ実際にろう者で手話言語の使い手である砂田アトムさんがキャストに決まったことが大きく影響しています。当事者の方々に取材をしていくなかで、ろう者のコミュニケーションは、互いに向き合って相手と目と目で見つめ合うのが非常に重要である、逆に視線をそらすのは強い拒否の表現である、ということを知ることができました。

 一方で、聴者の感覚だと、普段親しい人たちと話すときのほうが、目をしっかりと見なくなってくる。そのコミュニケーションの違いっておもしろいなと思ううちに、この三角関係の一つのポイントとして、見る/見ないのモチーフを入れられるんじゃないかと思いつきました。妙子が二郎に言う「こっちを見て」というセリフ、あれは実は最後の最後に増えたセリフだったんです。そこから二郎はあまり人の目を見て話さないという設定が生まれていきました。あの妙子のセリフがなければ、もしかするとタイトルもあの位置にはこなかったかもしれません。

後篇「ふと孤独を思い出してしまう人、そんな人のために僕は映画を作りたい」を読む

深田晃司

1980年、東京都生まれ。映画監督。『歓待』(10)で東京国際映画祭「ある視点」部門作品賞を受賞。『ほとりの朔子』(13)でナント三大陸映画祭グランプリを受賞するなど国際的に注目を集める。全国の小規模映画館支援のために『ミニシアター・エイド基金』を立ち上げるなどの活動も。他に『淵に立つ』(16)、『海を駆ける』(18)、『本気のしるし・劇場版』(20)など。

映画『LOVE LIFE』

出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、三戸なつめ、神野三鈴、田口トモロヲ
監督・脚本・編集:深田晃司
主題歌:矢野顕子「LOVE LIFE」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
配給:エレファントハウス
©2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS
2022年9月9日(金)より全国ロードショー
https://lovelife-movie.com/

2022.09.11(日)
文=月永理絵
写真=平松市聖