ある集合団地で暮らす、大沢妙子(木村文乃)と二郎(永山絢斗)の新婚夫婦、そして妙子と元夫との間に生まれた敬太(嶋田鉄太)。向かいの棟には、二郎の両親、大沢誠(田口トモロヲ)と明恵(神野三鈴)夫婦が住んでいる。それぞれに複雑な思いを抱えながらも表面的には仲むつまじく暮らしていたこの二つの家族に、ある日突然、悲劇が起こる。そしてその悲劇から立ち直れずにいた二郎と妙子の前に、妙子の元夫パク・シンジ(砂田アトム)が現れる。

 映画『LOVE LIFE』は、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した『淵に立つ』(16)や筒井真理子主演の『よこがお』(19)をはじめ、つねに人間の心の深淵を見つめる映画をつくり続けてきた深田晃司監督の最新作。ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品された本作が描くのは、ある家族の日常と崩壊の先に見えてくる、「愛」と「人生」をめぐる再生のドラマだ。

 物語が生まれるきっかけは、深田晃司監督が20歳の頃に出会った矢野顕子さんの歌「LOVE LIFE」。この歌に感動した深田監督は、そこからオリジナルの物語を立ち上げ、20年をかけて映画を完成させた。ベネチア国際映画祭出発直前の監督に、お話をうかがった(前後篇の前篇)。

後篇「ふと孤独を思い出してしまう人、そんな人のために僕は映画を作りたい」を読む

*この記事には、映画『LOVE LIFE』の結末に触れる内容が含まれています。


単純な愛の物語にはならないとわかっていた

――以前、矢野顕子さんを特集した『ユリイカ』(2017年2月臨時増刊号)に深田さんが寄稿されていましたが、そのときすでに「LOVE LIFE」を使っていつか映画をつくるのが夢だ、と熱烈に書かれていましたね。

 そうでしたね。23歳頃からことあるごとに言い続けていましたから。言い続けていればいつか叶うみたいな感じで(笑)。

――それが今回ようやく実ったわけですね。『本気のしるし』も若い頃から映画化したかった企画でしたよね?

 たしかに『本気のしるし』も20歳の頃からずっと映画化したら面白いと言っていましたが、原作ものですし、まさか本当に実現できるとは思っていなくて。僕の話を耳にしたプロデューサーが企画を立ててくれ、一気に話が進んだという感じでした。一方『LOVE LIFE』のほうは、当時からすでにシノプシスを書いていました。

――シノプシスは映画美学校に通っていた頃にすでに書かれていたんですか?

 記憶が定かではないですが、映画美学校を出たあとに、同じ美学校出身の知り合いに、自主映画を撮っている若者たちを集めて映画のプロデューサーにプレゼンできる機会があるよと言われて、そのとき持参したのが『LOVE LIFE』の企画だったので、その時点ですでにシノプシスを書いていたはずです。

 当時書いていたシノプシスはまだシンプルなもので、若い夫婦がいて、妻の方の連れ子がいたけれど、その男の子が事故で死んでしまい、夫婦はその悲しみを共有できない。そこに別れた元夫が帰ってきて三角関係になる、というところまで書いて、その後の展開はまだ決めていませんでした。ただ、すでにラストシーンは決まっていました。主人公の女性が住んでいた部屋を出て行き、誰もいないがらんとした部屋に矢野顕子さんの「LOVE LIFE」が流れる。とにかくそのラストシーンを撮りたくて考えた企画でした。

――映画のタイトルが出るタイミングにも驚かされたのですが、あのタイミングで出そうというのも、最初から決めていたんですか。

 いえ、脚本ではもう少し早めに出す予定で、編集のときにあの位置に持っていきました。試しにやってみたら思った以上に映画とハマって、これはいいなと思ったんですね。

――序盤から本当に悲惨な出来事が起こることに打ちのめされてしまったんですが、深田さんは、曲を聞いたときからああいう内容を思いついていたんですか?

 矢野顕子さんの歌のおもしろさって、いろんな解釈を許してくれるところなんです。特に「LOVE LIFE」はそうだと思います。「離れていても愛することはできる」という歌詞は、最初はそれこそ男女の距離感を想像していました。離れているカップルかもしれないし、別れたあとの心情を歌っているかもしれない。だけど、そもそもこれは男女ではなくて、死んでしまった人、たとえば子供を亡くしてしまった親の心情を歌っているのかもしれない、そう解釈したときに、一気に物語が思い浮かんできたんです。

――深田さんのなかでは、この歌で歌われている「LOVE」はいわゆる恋愛のことではなく、親子の愛だったんですね。

 そういう解釈もできるな、ということですね。この映画の物語のベースにあるのは男女の三角関係でもあるので、恋愛も含んでいるとは思います。矢野顕子さんの歌が持つすごみって、たとえ「愛してる」という気持ちを伝えるラブソングであったとしても、矢野さんが歌った途端、その言葉は非常に複雑な意味を持ってくるんです。愛してるのに、とか、愛していても伝わらないという雰囲気にもなれば、そもそも愛とは何なんだ、という問いを感じとることもできる。そんな複雑なニュアンスを含むこの歌からインスパイアされて物語をつくるなら、やはり単純な愛の物語にはならないだろうとは、当初から考えていました。

2022.09.11(日)
文=月永理絵
写真=平松市聖