7月1日、東京・紀尾井町にオープンした「MAZ(マス)」は、今年いちばんとの呼び声も高いファインダイニング。店を手掛けるのは、ペルーを代表するレストラン「Central(セントラル)」のヴィルヒリオ・マルティネス氏。前篇では、いま世界で最も注目されているシェフの1人、ヴィルヒリオ氏の背景、料理哲学を中心にお話を聞いていきます。
世界の美食家から熱い視線を集める「食材の宝庫」ぺルー
南米ペルーというと、マチュピチュやナスカの地上絵がある熱帯の国――というざっくりとしたイメージがありますが、その地形や気候は、驚くほど多様性に富んでいます。
豊かな漁場である太平洋に面し、沿岸部の砂漠、アンデス山脈のある高地、アマゾン流域の深い森があり、k高度ごとに異なる気候、民族、文化が存在しています。アンデス山脈ひとつをとっても、高度1000メートルくらいまでは熱帯雨林、1000~2000メートルは温暖、2000~3000メートルあたりは、やや冷涼。生態系も大きく異なります。だからアンデスの人々は、縦方向のレイヤーで世界の広がりを捉えるのだとか。
ペルーの首都・リマにあるレストラン「Central」のヴィルヒリオ・マルティネスシェフは、料理人として自らのアイデンティティを模索する旅のなか、こうしたアンデスの世界観に出合い、2012年、高度ごとに異なる生態系と風景を表現したコースを考案。その斬新なメニューは、瞬く間に世界のフーディーを虜にし、翌13年には世界のベストレストラン50に選出、15年には南米初の第4位に。直近でも21年の同アワードで4位、南米のベストレストラン50で1位を獲得。いまや多くの人が「Central」の予約に合わせてペルーを訪れるようになっています。
ヴィルヒリオ氏のモットーは、「Afuera Hay Más”(外にはもっとたくさんのものがある)」。ここはご本人の説明を聞きましょう。
「従来の料理人は、レストランのなかのこと――厨房での料理や、食器、インテリア、働くスタッフや、訪れるゲスト、ジャーナリストの取材などに注意を払うものだと考えられていました。でも本当に大事なことは、レストランの外にあるのです。素材の育つ自然のなかを歩いたり、その土地特有の食べ方や保存法を学んだり、種の起源を探ることが、クリエイティビティの源となります。だから私はいまも、ペルーのいろいろな場所に出かけ、さまざまな食材、新しいものを探し続けています。外には、未知なる世界が無限に広がり、自分はまだ何も知らないのだということを思い出させてくれます」
2022.07.14(木)
取材・文=伊藤由起
撮影=橋本 篤、平松市聖
コーディネイト=江藤詩文