ステレオタイプなBLファン像を描かない優しさ
BL好きな女性というと「腐女子」という言葉を連想する人もいるかもしれませんが、この作品にその言葉は出てきません。オタクの間で自虐的に使われてきた言葉ではあるけれど、BLが好きという心は、決して腐ったものではありません。アイドル、演劇、漫画……といろんな沼がこの世にあるように、BLもひとつの趣味にすぎません。
本作はネガティブなイメージをもたれがちな、短絡的でステレオタイプなオタク像を描くことなく、「こういうファンもいるよね」と思える程度のほどよい人間像で描いているところもいいなぁと思います。それにちょっとした普遍性も持ち合わせているの で、なにかに夢中になったことがある人なら、登場人物の気持ちは「同じだ……」と気づけるはず。
たとえば、うららは好きなBL漫画をすべて段ボールに詰め込んでいつも書棚の奥に隠している女の子。 身近にBLを語れる友達もなく、心の奥底に押し込めている状態でした。しかし、同級生のリア充女子がいつのまにか自分の好きなBLマンガにハマり、周囲の友達たちに何のてらいもなく布教活動している様子をみて「ずるい」と感じてしまう。その気持ち、推しに人生を捧げた人間 なら共感しまくりのはず。ずっと自分は好きだったけど、なんか恥ずかしくて、なんか自信がなくて、 まわりの目が怖くて隠してきたのに、堂々と好きだと言えてずるい。
自分の方が前から好きで深く分かってるのに! と思ってしまうが、だからと言ってそれはその子を責めていい理由にはならない。ただ、「これって良いよね! 好きなんだよね!」 という気持ちをためらうことなくオープンに言葉にできる素直さやがうらやましくなってしまう。好きなものを堂々と好きという のはすごく勇気のいることなんですよね。
だからこそ、そんなうららの心に寄り添う“同士”となる雪さんの登場は本当にありがたい。記者会見の席で宮本信子は「私が雪さんが偉いと思ったのは、うららさんをお茶に誘うじゃないです か。あれがすごく好きなんです」と語っていました。「わたし、誰かとこの漫画の話をしたかったの。よかったら、お茶でもしませんか」という雪の一言をきっかけに、雪とうららは親交を深めることになります。この少しの勇気が、人生は大きく変えることになるということは実生活でもありえること。だからこそ、きっかけをつかむために行動を起こすことは「偉いこと」なのです。「好き」に関しては、誰しもが年相応なんて言葉を吹き飛ばして突っ走ったほうが吉。それは絶対に仲間やコミュニティとの出会いをくれるはずだから。
良質な朝ドラを観たような余韻に浸れる
「BLが流行っている」前提でこの物語は存在しています。たしかに今や「BL」は書店で一定の売り場を確保し、テレビドラマもたくさんつくられ、言葉としても認知されてきてはいる。それでもまだBLを遠い世界の話だと思っている人もいるでしょう。映画版は「ボーイズラブ」という言葉をしっかり宣伝で謳いながらも、BLや同人活動のことをあまりよくわかっていない人であっても観られるよう、原作から工夫・修正された点がいくつかあります。だから映画を見る際にBLの詳細知識はなくてもまったく問題ありません。
その点においてもうまくまとめ上げたのは、夏の最強ドラマ「ビーチボーイズ」をはじめ、朝ドラ「ちゅらさん」「おひさま」「ひよっこ」なども手掛けた脚本家・岡田惠和。大きな事件や過度なドラマチックな展開・演出に頼ることなく、 日々のちょっとした変化を登場人物たちの成長とともに丁寧に描くことに長けている脚本家なだけあり、 原作との親和性はそもそも高い。もう相性抜群な布陣でつくられているんです。
朝ドラウォッチャーからすると、まさに良質な朝ドラ(わかりやすい波乱万丈な一代記ではなく、ゆっくり丁寧に登場人物の心情の変化を描いていくタイプの!)を観ている感覚になってきます。原作が持つ柔らかくて温かい世界に、現実の人間の物語としてのリアリティを与えながらうまく着地させた脚本家の手腕を存分に感じられると思います。
もちろん、脚本家の妙だけでなく、キャスティングの妙でもあります。本作で久しぶりに俳優としての芦田愛菜を観ましたが、その類まれな演技のポテンシャルを持つ逸材がいることをしばらく忘れていたことを反省しました。最近はCMや番組MCとしての活躍が中心で鳴りを潜めていたけ ど、やはりただものではない......。思春期の傷つきやすい感情の機微の一つひとつにぐっときてしまうのだけど、特に劇中で何度か出てくる走るシーンに、その演技のすばらしさを感じました。だって走る姿だけで感情表現をしているのだから。その姿はまさにヒロイン然としていて、もう、うららを応援せずにはいられなくなってきます。これ、完全に朝ドラヒロインじゃん! と、何度思ったことか! (「観ていて応援したくなる」のは朝ドラヒロインの大切な要素)。
これはもう、2時間で観終わってしまうのがもったいなく感じてしまいます。毎朝ゆっくり、朝ドラとしてこの作品観られたらどんなに幸せだろう。だって宮本信子といえば「あまちゃん」の夏ばっぱ、「ひよっこ」では洋食屋の主人・鈴子さんを好演した、話題の朝ドラに欠かせない名優。二人がタッグを組めば最強な作品になるのは目に見えていたけど、そんな二人が揃ったことで余計に“朝ドラみ”を感じてしまうのも無理がありません(「カムカムエヴリバディ」は3世代ヒロインで話題となったが、芦田愛菜・宮本信子のWヒロインで「メタモルフォーゼの縁側」を朝ドラで やる未来というのもぜひみてみたい!)。
とにかく二人の関係性は、なにからなにまで理想的。生きづらさと将来の不安に満ちたこの世界だけど、好きなものと大切な同士がいれば大丈夫。きっと楽しく生きていける。そんな風に背中を押してもらった気がしました。
しかし! 本作はただのほっこり友情物語というだけでは終わりません。二人は「好き」に向かって突っ走った先に、創作活動という新たな目標を見出すこととなり、そこも見どころ。創作活動というと特別なことのように聞こえるけど、実は市井の人々の日々の営みと非常に近い場所にあるもので、誰もが踏み入れることができることだと思います。それがどれだけ人生を豊かにするか。そのあたりも間違いなく多くの人に響くはず。そう、これは一億総オタク時代の、私たちの物語に違いないのです!
映画『メタモルフォーゼの縁側』
全国公開中
原作:鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(KADOKAWA)
脚本:岡田惠和
監督:狩山俊輔
出演:芦田愛菜、宮本信子、高橋恭平、古川琴音ほか
https://metamor-movie.jp/
綿貫大介
編集&ライター。TVウォッチャー。著書に『ボクたちのドラマシリーズ』がある。
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2022.07.09(土)
文=綿貫大介