いまやまさに「どんな役でもこなせる」俳優となり、ここ数年はドラマ・映画・舞台と出演作が引きも切らないが、そこまでの道のりはけっして平坦ではなかった。中学生になると以前ほどオーディションに合格できなくなったこともあり、芸能界以外の道に進むことも真剣に考えるようになる。

 

 18歳でオーディションに合格した学園物の映画の撮影中には、所属していた事務所の子役出身者の部署が解散することが決まり、俳優を続けるかやめるかの選択に迫られた。ちなみに当時同じ事務所から一緒に撮影に入っていたのが、やはり子役出身の三浦透子で、次の事務所はどこにするか現場で話もした。このときの共演者にはまた、彼女と同い年の二階堂ふみと松岡茉優もおり、相談に乗ってくれたとか。

18歳で迎えた「転機」

 その映画『悪の教典』が2012年の秋に公開されると、かつて通い詰めた地元・千葉の映画館へ家族で観に行った。そこでスクリーンに自分の名前を見つけて感動を覚え、俳優という職業で食べていく決意を固めたという。その直後、元の事務所の人に呼ばれると「君は何をしていきたいんだ?」と訊かれ、「もうお芝居ができればそれだけでいいです」と伝えると、その意欲を買われ、いまの所属事務所を紹介された(※3)。

 もっとも、そのあと仕事がなかなか決まらなかった。ようやくある作品に出演するも、そこでの演技がマネージャー陣から酷評されてうちひしがれる。それでも、そこまで厳しく言ってくれる人たちに出会ったのは初めてだったので、すぐに前向きな気持ちが湧いた(※4)。

 その後もあまり仕事はなく、複数のバイトを掛け持ちしながらオーディションを受け続ける日々が続く。そのなかで久々に合格したのが、20歳で出演したドラマ『GTO』(2014年)だった。同作では、それまでにもたびたび演じてきたいじめっ子役で注目される。伊藤は撮影中、このチャンスを逃すまいと必死に食らいついた。監督の飯塚健もそんな彼女を認め、以後、いまにいたるまでコンスタントに仕事をする関係となる。

2022.05.17(火)
文=近藤正高