コナンシリーズを見てきた筆者の私見ではあるが、「理想の花嫁を投票で選ぶ」という企画は、外部の倫理、世間の価値観のアップデートというより、コナンの世界観にそぐわない印象を受けたのは事実だ。

 というのも、『名探偵コナン』シリーズの物語世界において、女性キャラクターたちの何人かはすでに、作中の誰かにとっての「理想の恋人」であるからだ。遠山和葉には服部平次。鈴木園子には京極真。宮本由美には羽田秀吉。そして毛利蘭には、いうまでもなく工藤新一。推理漫画であり、同時に学習漫画でもある『名探偵コナン』のもうひとつの特色は、それがきわめて真剣で、もどかしいほどゆっくりと進む恋愛漫画でもあることだ。

 最新作『ハロウィンの花嫁』でメインになる、佐藤美和子刑事と高木渉刑事の恋もそうだ。殉職した伝説の剛腕刑事・松田陣平の面影が今も心を離れない佐藤美和子を振り向かせようとする、マッチョではないが心優しい高木渉刑事の物語は、古い男性像と新しい男性像の間で揺れるキャリア女性の心理を描いている。こうした大人の心の琴線にも触れるようなラブストーリーの構造を、子どもにもわかるように簡略化しつつ描くのが『コナン』シリーズの優れた点でもある。

 

 残念ながらあまりファンに支持されたとは言えず立ち消えになった「理想の花嫁」企画は、コナンの作品世界のそうした繊細さとそぐわないと感じたのも事実だ。

『名探偵コナン』では人気キャラクターの投票企画も過去にあるが、「理想の花嫁」と言われて女性キャラクターに順位をつけるのは、フェミニズムやミスコン批判的な文脈とは別に、彼と彼女たち一人一人の関係性、それぞれの恋愛の物語を断ち切り、傍においやってしまうような後味の悪さを、一人のコナンファンとして筆者も感じた。

『コナン』シリーズの本当の強さは「100億行くか行かないか」ではない

 日本の映画史上でかつてない「毎年100億が可能になるかもしれない」という夢の前で、広報企画にプレッシャーがかかるのは想像できるし、企画が中止になった今、あまりあげつらいたくはない。

2022.05.01(日)
文=CDB