私たちの心の旅の背中を押す、やさしい春風「小椋佳」

 化学的に分析すれば「人を癒す効果がある」というエビデンスが出るのではなかろうか――。そう思う声が小椋佳さんである。

「俺たちの旅」「愛燦燦」「歓送の歌」は、それはそれはやさしく、新たなスタートに向けて背中を押してくれる。指先だけふっと触れるかの如く、本当にさりげなく!

 綿帽子のようにやわらかい声はオールシーズン効く常備薬。春は特に気持ちがいいので、全神経が耳に集中することになる。私はベストアルバムを電車で聴いていて、降りる駅をすっ飛ばしてしまったことがある。みなさんも要注意だ。

 ちなみに小椋佳さんは、ヒットメーカーとして活躍しつつ、日本勧業銀行(現みずほ銀行)の銀行員としても業績を上げ、49歳まで勤務を続けたのは有名だ。ものすごいパワフル! 忘年会や新年会のカラオケ二次会は参加されたのだろうか。参加されたのなら、とっても贅沢な時間になっただろう。でも彼のあとに順番が回ってきたらツラいよなあ……。ああ、妄想が止まらない。

青春という草原が見える! 楷書の歌手「藤山一郎」

 そしてそして、春声の殿堂入りといえば、藤山一郎さんだ。1930年代から60余年、生涯現役で活躍した伝説の歌手。2020年に放送された朝の連続テレビ小説「エール」では、俳優の柿澤勇人さんが、藤山一郎さんをモデルにした「山藤太郎」役を演じていらっしゃった。

 藤山さんは、その正しい発音と格調高い歌声により「楷書の歌」と呼ばれていたそうだ。なんと素敵な! 一つ一つ美しい言葉が連なり、それが集まってザーッと美しい景色に形を変えていくイメージ。背筋を伸ばし、どこまでもどこまでも高らかに歌うその姿は、「青春の素晴らしさ」を真っ直ぐ表現しているようだった。日本一「朗々」という言葉が似合う歌手は誰かと問われれば、私は迷わず彼の名を挙げるだろう!

 「東京ラプソディ」を聴けば銀座の喫茶店でデイトをしたくなるし、「青い山脈」「丘を越えて」は季節を問わず、自然の豊かな場所でスキップしたくなる。

 ちなみに私は「丘を越えて」をカラオケで挑戦したことがあるが、前奏がとにかく長く(1分半くらいあった覚えが)、歌う前に手拍子でヘトヘトになった。

 もしこれからカラオケで挑戦しようと思われる方がいるならば、最初はすぐに「歌いまーす」と立たないほうがいい。ドリンクで喉を潤す、美しいイントロに聴き入るなど、長い前奏タイムを有効に使っていただければと思う。

 嗚呼、スプリング・ハズ・カム! 今年は急に寒くなったり不安定な天候が続くが、そんなときこそ「あ~春だなあ」と呟いてみてほしい。

 すると自動的に「○○聴きたいなー」と、あなたの大切な「春声」が記憶からポロッと出てくるはずだから。

田中 稲(たなか いね)

大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。個人では昭和歌謡・ドラマ、都市伝説、世代研究、紅白歌合戦を中心に執筆する日々。著書に『昭和歌謡出る単1008語』(誠文堂新光社)など。
●田中稲note https://note.com/ine_tanaka/

Column

田中稲の勝手に再ブーム

80~90年代というエンタメの黄金時代、ピカピカに輝いていた、あの人、あのドラマ、あのマンガ。これらを青春の思い出で終わらせていませんか? いえいえ、実はまだそのブームは「夢の途中」! 時の流れを味方につけ、新しい魅力を備えた熟成エンタを勝手にロックオンし、紹介します。

2022.04.02(土)
文=田中 稲