●西島さんは「みんなこれをやればいいのに」とまで
―――映画の中では、「濱口メソッド」とでも呼びたくなるような、風変りな演技指導を家福が行うシーンが印象的でした。
それは僕のメソッドというわけではまったくありません。
『ジャン・ルノワールの演技指導』という短編ドキュメンタリー映画があります。
それは、「脚本を読んですぐ演じるのと、感情を入れない形での本の読み上げを何度もやって、その後演じるとまったく違うものになる」という、魔法みたいなルノワール監督の演技指導を追ったドキュメンタリーなのですが、それを見て、この「本読み」というのは何なんだろうと思いました。
2015年公開の僕の映画『ハッピーアワー』は演技未経験者による出演作だったので、必要に迫られてこの本読みを繰り返しやるようになったんですけど、そのときにようやく効果が自分でもわかってきた。それで今回も実践しています。
―――西島秀俊さんをはじめ、演者の方はみなさんがこのメソッドを実践したのですか?
はい。みなさん積極的に参加してくれました。西島さんもものすごく前向きに取り組んでくれて。
「みんなこれをやればいいのに」とまでおっしゃってくれました(笑)。
感情を抜いてずっとひたすらセリフを繰り返し読み上げるというのは、西島さんもはじめてだったようでした。
基本的には、キャスト全員本読みの時間を大事にしてくれた印象です。
まったく同じではないですけれど、映画の中のシーンに似ていると思います。
―――2018年のカンヌ映画祭で濱口監督の商業映画デビュー『寝ても覚めても』がコンペティション部門に選出されました。その時のカンヌの雰囲気はいかがでしたか?
初のカンヌはやはり、心が浮き立ちました(笑)。
やっぱりカンヌって、まわりの熱気に吞み込まれるところがある。
2014年にも行ったのですが、それは単に観客としてであって。2018年にはじめて作品とともに映画祭に参加するんですけど。
狂熱とでも言うんでしょうか。「これは下手すると吞み込まれるな。ここに来るために映画を作るようにならないよう気をつけよう」と思いました。
―――映画について「アメリカはビジネス、ヨーロッパは文化、中国・韓国は国策、日本は趣味」と評した人がいますが、監督はこの言葉をどう捉えますか?
いや、誰の言葉か知りませんが上手いこと言ったものだなと思います。
ただ、率直に言えば僕は日本の映画業界のことをよく知らない。
日本映画的なルーティンから距離を置くことで、自分の制作活動が可能になってきたからです。
日本映画的なマーケットを意識した映画作りは、自分は得意ではない。
だからいわゆる「商業映画」をつくる際に、信頼できるプロデューサーが得られたのは幸運だったと思います。
『寝ても覚めても』と『ドライブ・マイ・カー』は座組みがいっしょで、C&Iエンタテインメントが制作、プロデューサーが山本晃久さん、製作幹事はビターズ・エンド。
僕は彼らの判断を、彼らも僕の判断を、互いに信頼しているところがあると感じます。
他の国の姿勢をもちろんうらやましいと思ったりすることもありますけど、日本映画には素晴らしい歴史があるのは確かなので、その遺産はきちんと引き継いでいきたいと思います。
濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)
1978年神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業。東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。『ハッピーアワー』(2015)が、ロカルノ、ナント、シンガポール他の国際映画祭で主要賞を受賞。『寝ても覚めても』(18)はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、『偶然と想像』(2021)はベルリン国際映画祭では銀熊賞を受賞。脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻(劇場版)』(20)はヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた。最新作『ドライブ・マイ・カー』(21)が、カンヌ映画祭脚本賞を受賞。
映画『ドライブ・マイ・カー』
舞台俳優であり、演出家の家福悠介。彼は、脚本家の妻・音と満ち足りた日々を送っていた。しかし、妻はある秘密を残したまま突然この世からいなくなってしまう。2年後、演劇祭で演出を任されることになった家福は、愛車のサーブで広島へと向かう。そこで出会ったのは、寡黙な専属ドライバーみさきだった。喪失感を抱えたまま生きる家福は、みさきと過ごすなか、それまで目を背けていたあることに気づかされていく……。
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介 大江崇允
原作:村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか/岡田将生
2021年8月20日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
https://dmc.bitters.co.jp/
2022.01.16(日)
文=CREA編集部
撮影=佐藤 亘