モダンタイムスを師と仰ぎ、稽古場やアパートに入り浸る

 お笑いインターハイの後、野田はネットで相方を見つけ、「役満」というコンビを結成。高校生ながら大人のプロ芸人に混ざって、インディーズと呼ばれる小規模なライブのオーディションを受けるようになる。

 当時からの仲間であるモダンタイムスの川崎誠は、8つ年下の野田との出会いをこう回想した。

「ライブハウスのドアを開けた瞬間、目の前に野田がいた。そうしたら、睨み付けてきて。ボウズ頭で、やっすいスーツを着て、ずっとガンたれてました。『俺よりも面白いやつがいるんか?』みたいな。自信があったんでしょうね」

 ただ、そんな野田もモダンタイムスのネタを見て、そのおもしろさに態度を一変させる。以降、モダンタイムスを師と仰ぎ、稽古場やアパートに入り浸るようになった。その頃、川崎の相方であるとしみつには忘れられない思い出がある。

「土曜日だったと思うんだけど、野田に『学校は?』って聞いたら、すっげぇ遠い目をして『今日、文化祭なんで。全然、こっちのほうがいいです』みたいな。こいつが文化祭で漫才やったら絶対チヤホヤされるのに、ああ、こいつすげえなと思って。普通の16歳は、土日を潰して、少ない客の前でネタをやることの方が正しいとは思わないでしょう。そっから急に親近感がわいて、初めて飯に誘った記憶があるんですよ」

 

「地下」で実力を付けた野田

 インディーズに出演している無所属の芸人のことを「地下芸人」と呼ぶ。文字通り埋もれているからだ。野田が地下芸人をやっていた頃は、ほぼ毎日のように都内のどこかしらでライブが開催されていたという。

 かつてカオポイントという漫才コンビを組み、野田らとしのぎを削っていた構成作家の石橋哲也が話す。

「今と違って、その頃は、お笑いの養成所と言えば、吉本くらいしかなかった。でも入学金と授業料で50万くらいかかる。ただ、入れば吉本の芸人にはなれるので、いわゆる免許に近かった。つまり、公認の自動車教習所に行くか、それとも自分で練習するか。僕らは無免許なのに公道で練習していたようなもん。地下芸人はそういうならず者たちの集まりだったんですよ」

2021.12.30(木)
文=中村 計