ところが、野田はネタ中、ほとんどしゃべらない。ほぼ動きのみでボケ続けた。野田は、こうとぼける。

「本番前、のどのチェックしておこうと思って『ヴヴンッ』ってやってる自分がバカらしくなりましたね。お前、しゃべんねえだろ、って」

 

漫才の歴史に現れた革命児

 漫才か否か――。

 従来の教科書に沿えばノーだ。だが漫才の教科書は時代に合わせて常に書き換えられ続けてきた。だからこそ、伝統芸能ではなく、今も大衆芸能としてこれだけの支持を得ているのだ。

 世間が過敏に反応したのは、彼らが「破壊者」だったからだ。変化とは、結局のところ、スクラップ・アンド・ビルドだ。進化の過程では、ときにスクラップを担う人材が現れる。すなわち、革命だ。

 マヂカルラブリーは、漫才の歴史に現れた革命児だった。

 野田は優勝直後の会見で、これから吹き荒れるだろう逆風を予期していたかのように、こう胸を張った。

「俺はチャンピオンです。文句は言わせません。(あれは)漫才です!」

 横にいた村上も柔らかく同調した。

「あれも漫才ということになりました」

「死人」になりかけた2017年

〈恥かかせたな〉

 野田から送信されたラインには、そうとだけ書かれていた。滅多に連絡を寄こさない息子のこのひと言に、さばけた性格であるはずの野田チイの涙腺は一瞬にして崩壊した。

「恥なんてかいてないのに……。そんな風に考えていたんだと思うと」

 2人の漫才を「一度もおもしろいと思ったことがない」とあっけらかんと語るチイだが、そのときの話になるとわずかに声を震わせた。

 4年前の2017年12月3日、マヂカルラブリーは初めてM-1の決勝の舞台に立った。ところが、そこで2人は抹殺されかけた。

 M-1では「死人」が出ることがままある。死人とは、芸人たちの間における隠語で、芸人として致命的なダメージを受けることだ。

 M-1は今や平均視聴率20%前後のお化け番組だ。優勝すればスターになれるが、逆にすべれば芸人生命を絶たれかねない。野田が言う。

2021.12.30(木)
文=中村 計