公開の地に2か月間住み込んで直接映画を届ける

――広島での先行公開の際、監督自ら2か月近く尾道や広島に滞在し続けながら配給・宣伝活動をしていましたよね。映画興行の形として画期的だと思いました。

 自分たちが手作りした作品をもっとも純粋な形で直接届けることを目指しました。そうすることで受け取ってくれた人たちとの間に、温かみのある関係性を築いてみたかったんです。僕もちょっと前まではよくいる「不満をこぼしながら結局なにも変えられない若者」の一人でした。でも本当はどこかでずっとこういう純粋なことに憧れていたんです。

 人は本来誰しもが「自分が大事なものや、大事にしたい人のためにバカみたいに純粋に走り抜けたい生き物」なんだと思うんです。滞在中はよく街の人から「こんな監督は見たことない」と言われましたが、自分の映画を届けるためにどこまでも本気になってみたかった。そんな気持ちに、常識というブレーキをかけたくなかったんです。

――尾道で撮影した映画を、まずは尾道・広島の人たちに観てもらいたいというのは、配給としては一番ピュアな考え方だと思いました。公開中はたくさんのイベントをはじめ、地元のショップとのコラボを行っていましたよね。それらも配給活動として最初から計画していたものですか?

 自主配給の良さは、自分たちが主体となって仲間を増やせるところ。最初はこんな配給の仕方が通用するのだろうかという不安もありました。でも、実際にいろんな人と会ってコミュニケーションをとってみたら、作品を好きになってくれて「何か手伝いたい」と熱く話してくれる方がたくさんいたんです。これは僕たち自身驚いたことですが、僕たちの主体的なふるまいに対して、出会ったみなさんが主体的に応えようとしてくれたのだと思います。

 こんなことをしてみたらどうかといただいた提案に対して、そのご縁を一個一個大切にしていったおかげでいろいろなイベントや企画を行うことができました。珈琲店が映画オリジナルのコーヒーを作ってくれたり、セレクトショップや尾道在住アーティストの方とコラボグッズを制作したり、建築設計事務所がギャラリースペースを貸してくれたり……。それらは最初から計画していたものではなく、すべて滞在中に配給活動を通して起きた奇跡です。

2021.12.25(土)
文=綿貫大介
スタイリング=高橋達之真
撮影=今井知佑