「『ビート・ガール』は当時の若者の風俗を興味本位で取り上げたB級映画だけど、とても保守的で、反抗的な若い世代へのお仕置きのような物語だ。ジョン・シュレシンジャー監督の『ダーリング』(65年)は『ビート・ガール』と比べるとはるかに立派な映画だけど、そのテーマは似ている」
『ダーリング』のヒロイン、ジュリー・クリスティは60年代ロンドンを象徴するような自由奔放なファッション・モデルで、モラルに縛られずに次々と違う男とセックスし、TVのディレクター、広告代理店の大物と男はグレードアップし、ついにはイタリアの公国の王子に見初められてプリンセスになる。でも、彼女の心はいつも虚しい。
「そういう映画のメッセージは面白い。つまり、あまりにも急激に解放されていく時代に対して旧世代がパニックを起こして、若い世代を懲らしめようとしたんだ。で、僕は考えた。その映画の世界に現代の女性が迷い込んで、60年代の女性を救おうとしたら? それが『ラストナイト・イン・ソーホー』だ」
現代の女性エロイーズは、56年の時を超えて、1965年のエロイーズを救おうとする。
エドガー・ライトの友人クエンティン・タランティーノ監督も1969年のハリウッドを舞台にした『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)を作った。それは1969年に自宅に侵入したカルト集団に惨殺された女優シャロン・テートをヒロインにしている。
「クエンティンの『ワンス・アポン・ア・タイム~』と、僕の『ラストナイト・イン・ソーホー』は、どちらも、60年代に失われた人々への悲しみと喪失感に満ちている。クエンティンの映画はシャロン・テートへの追悼だけど、僕は60年代の英国の女優たちについての本を読んでいて、若くして亡くなったり、不幸な人生を送った女性たちのことを知ってひどく悲しくなったんだ。クエンティンも同じような気持ちになって、こう考えたんじゃないかな。自分の映画で、あの時代に戻ってシャロン・テートを救えないだろうか? それにはどうしたらいいのか?」
2021.12.10(金)
文=町山 智浩