「サンディという役名はサンディ・ショーから名付けた。サンディは騙されてダンサーにされて怒りを隠せないまま踊る。そのシーンの曲を『パリのあやつり人形』にしようと思いついた。あの曲を歌わされたサンディ・ショーは『これは女性蔑視の歌よ』と言って嫌っていたんだけど、彼女のいちばんのヒットになっちゃった。複雑な気分だったと思うよ。それだから、あのシーンには完璧にハマったね」

 

悲しみや絶望を歌うポップ・ソング

『ラストナイト・イン・ソーホー』は全編に60年代のポップ・ソングが流れる。血みどろのホラー場面にすら甘いメロディのラブソングがかぶせられる。それは一見、対位法(凄惨な場面に美しい音楽を流したりする手法)のようだが、使われている歌の歌詞をよく聴くと、どれも悲しみや絶望が歌われている。

 たとえばエロイーズが憧れのロンドンに歩みだしていく時に流れるペトゥラ・クラークの「ダウンタウン」は、曲は明るく元気だが、歌詞には「一人ぼっちでつらくなった時、ダウンタウンに行けば誰かに会える」と、孤独が隠されている。

「まったくそのとおりだよ。そこに気づいてくれてうれしい。僕が選んだ歌はみんなそうなんだ。そういうメランコリーが隠された歌に僕はいつだって魅了される。ピーター&ゴードンの『愛なき世界』がいい例だよ。シラ・ブラックの『ユー・アー・マイ・ワールド』もそう。彼女の『恋するハート』もそう。どれも美しいメロディの奥に深い悲しみが歌われている」

若い世代へのお仕置きのような風俗映画

 サンディはソーホーの闇の底に深く深く呑み込まれていく。エドガー・ライトは1960年代に作られた風俗映画を参考にした。たとえば『ビート・ガール(邦題:狂っちゃいねえぜ)』(1960年)は、父親の再婚に反発した10代の少女がビート族(反抗的な若者たち)に身を投じ、クリストファー・リー扮するストリップ・クラブのオーナーに誘惑される。反抗した少年少女は痛い目にあって反省する。

2021.12.10(金)
文=町山 智浩