これほど年代を問わず熱心な読者を抱える作家も珍しい。『氷菓』をはじめとする古典部シリーズ、ミステリーランキング三冠を成し遂げた『満願』など、米澤穂信さんの作品は常にミステリファンの間で話題になり続けてきた。デビュー20周年を迎えた今年は、荒木村重と黒田官兵衛をダブル主人公に据え、大胆に歴史上の謎に切り込んだ『黒牢城』を刊行。新境地を見せた同作で山田風太郎賞を受賞した。

 その豊穣な創作の源泉は、やはり「読書」だった。最新刊の読書エッセイ集『米澤屋書店』を読むと、そう思わずにはいられない。本書は米澤さんが作家生活20年の間に書き溜めた本に関するエッセイに大ボリュームの書き下ろしを加えたものだ。

「ありがたいことに、本を選ぶ仕事をたくさんいただいてきたのですが、一度、なんの条件もなしに『自分はこのミステリが好きです』というのを存分に語りたいと思っていました。しかし実際に書き始めたら、書いても書いても終わらなくて! 結果的に書き下ろし分だけで120枚になりましたが……これで思い残すことはないです」

 渾身の書き下ろしとなった序文、跋文では、短篇長篇あわせて40作のミステリをあげた。これはいわば、米澤さんのベスト・オブ・ベストだ。

「意外な一冊を入れたいとか、珍しい作品を入れてみたいという欲望にはできるだけ抗ったつもりです。特に国内長篇については本当に広く読まれたものばかりで。でも『私はこの本をこういうふうに読んだ』ということを全力で語れば、きっとそれは意味のあるものになるはずだと思いました」

 過去に書いたエッセイを自ら補足する脚注も数多く掲載され、こちらは計180枚! さらに巻末には言及された作品をまとめた索引もつけられ、ミステリファンが存分に楽しめるのはもちろん、もっとミステリを読みたいと思う読者にとって羅針盤のような一冊になりそうだ。

「読書というのは大海のようなもので、それほど量を読んでいるわけではない自分がこんな本を出すことは恐れ多いとも考えました。でも読書の世界が広いからといって、自分が読んできたものが偽物ということにはけっしてならない。どんなに広くても、自分はたしかに本物に出会ってきたはずなんだ、という思いでこの本を出すことにしました。私の読書の入り口としては、このエッセイで何度も名前を出した瀬戸川猛資の『夜明けの睡魔』ですとか、江戸川乱歩先生の『世界短編傑作集』がありました。そういうものに導かれていろんな本を読んできた。『米澤屋書店』が次の世代の入り口になればいちばん嬉しいなと思います」

2021.11.30(火)
文=「週刊文春」編集部