いまや、俳優として数々のドラマや映画に出演し、歌手としても活躍する彼女だが、表現者としての自分を書くことは難しかったという。

「お芝居や歌は感覚的なところが多くて、自分を見つめることも、恥ずかしいし、恐いし、これまで深く考えてこなかったんです。文章にしてみると、数行の間に矛盾ばかり。書けなくて悩みましたが、辻褄が合わないのも自分だと割り切って、一篇ずつ書いていきました」

 さくらももこさん、くどうれいんさん、原田マハさん、伊坂幸太郎さん……愛読する作家の名前が次々と挙がる。エッセイや小説が好きで、憧れがあった。本書では、実体験をもとにした短篇小説にも挑んだ。

「お芝居をしていて、涙が止まらなくなったり、逆に一滴も出なくなることもあったり、疲れて顔が痙攣して、このままとまらなかったらどうしようと恐かったり……。知らないことは書けないので、かなり実話です。プロの作家さんの構想力や取材はとても真似できないと痛感しました」

 次回作の構想を尋ねると、「もう書き切りました。思い浮かばない」と笑う。

「人生観が変わったり、楽しく生きられるようになったり、この本にそんな力はありません。でも、いまの私を素直に書きました。その気持ちわかる! と共感してもらえたら嬉しいです」

 紙やスピン(栞)を手ずから選び、綴じ方、装丁、細部にいたるまでこだわり抜いた。上白石さんの本への愛情が溢れる一冊だ。

かみしらいしもね/1998年、鹿児島県生まれ。2011年、「東宝シンデレラ」オーディション審査員特別賞受賞。ドラマ、映画、舞台など出演多数。放送中のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」でヒロイン・安子を演じ、22年2月に舞台「千と千尋の神隠し」で主演を務める。

2021.11.24(水)
文=「週刊文春」編集部