週末の夜、家路の途中で、降り出した雨。
〈ヘッドライトに無数の雨の糸が照らされていて、「いい線だな」と思う。今朝おろしたおしゃれな傘がボツボツ鳴って、「いい音だな」と思う〉(「降る」)
上白石萌音さん初めての著書『いろいろ』は、日々感じ、考えたことを瑞々しい言葉で紡いだエッセイ集だ。週末の雨だって憂鬱ではない。目で、耳で、生き生きと動き出す。何気ない日常に彩りが添えられる。
「私が育った鹿児島では、火山灰が降った後に雨が降ると、硫黄の匂いが立ち込めるんです。東京に来たら、雨の匂いしないじゃん! と寂しくて」
「歌う」「演じる」「踊る」「視る」「灯す」「駄弁(だべ)る」「料(りょう)る」……。50篇に及ぶエッセイは、普段の生活、生き甲斐、自分にとって不可欠なことを初めて言葉にした。とりわけ、故郷・鹿児島には思い入れがある。
「上京して8年。遠く離れているから思いが募る、遠距離恋愛みたいなものです(笑)。いまだに方言で喋りますし、鹿児島を誉められると誇らしい。東京で鹿児島出身の人に出会うと、冒険をしてきた者同士のようで無性に嬉しいですね」
鹿児島を訪ねた紀行文には、馴染みのある公園や通学路、海岸などでの写真とともに、友人や家族との思い出が綴られる。なかでも書きたかったのが、祖父母のことだ。忘却の彼方に消えてしまいそうな記憶が紐解かれていく。
「祖父母が大好きで、小さい頃はよく泊まりに行っていました。そこで祖母が教えてくれたことが印象に残っていて。『もう遅いから寝なさい。宿題も明日起きてからやらんね。あのね、朝起きて一番に書く字が、一番綺麗なのよ』。本当に綺麗な字が書けるんですよ。この教えは今も守っています」
小さい頃は引っ込み思案で、「地味子」だったと振り返る。
「すごく恥ずかしがり屋なのに、歌ったり、踊ったり、それを誰かに見てもらうのが好きでした。矛盾していますよね。メロディーの力を借りていつもとは違う自分になる、そんな感覚がありました。それは今も変わらなくて、役があれば胸を張って舞台に立てます」
2021.11.24(水)
文=「週刊文春」編集部