しかし伊藤はそこから覚醒し、準決勝、決勝と理不尽なまでのバックハンド無回転強打を連発して優勝した。それは世界卓球史上、誰も到達したことのないプレーだった。あのプレーを再現できたなら、どんな対策も無意味となる。あの試合の伊藤に勝つ方法はない。

伊藤は史上最強の選手となるだろう

 伊藤のバックハンド無回転強打にとって真の脅威は、相手が対策をしてくることではない。わずかなラケット操作の狂いがミスにつながるという打法の難しさそのものだ。

 しかし伊藤には、巧妙なサービスと意外性のあるレシーブ、回転量の読みづらい表ソフトでのバックハンドドライブといった安定した技術がある。それらだけで早田ひなと組んだオーストリアオープンの女子ダブルスで中国ペアを破って優勝するほどの極めて高いレベルだ。

 それらによってゲーム全体を支配しつつ、やがてそのバックハンドに卓球の神が降りてくるのを待つ。それをコントロールできるようになったとき、伊藤は史上最強の選手となるだろう。それを目撃できるかもしれない幸運な時代に我々は生きているのである。

2021.08.05(木)
文=伊藤条太