古城から発見された、忘れられた名品
1500年頃、ちょうど中世が終わる時期に制作された《貴婦人と一角獣》は、それぞれ縦横が各3~4メートルあるタピスリーで、《触覚》《味覚》《嗅覚》《聴覚》《視覚》《我が唯一の望み》の6点で構成される巨大な作品だ。中世末期のパリに住んでいた名家で誂えられ、いつしか忘れられてしまったこの美しい織物を、19世紀にフランス中部にあるブサックの古城で発見したのは、プロスペル・メリメ(作家、歴史家。『カルメン』を執筆)やジョルジュ・サンド(作家。フレデリック・ショパンとの恋愛でも知られる)らの文学者だった。
その後タピスリーは、かつてのクリュニー大修道院長の邸宅を改造したパリの「クリュニー中世美術館」に納められ、130年にわたって展示されてきた。その間には、リルケの小説『マルテの手記』から現代日本のアニメーション『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』(!)まで、《貴婦人と一角獣》にインスピレーションを受けたさまざまな創作物が生み出されている。作品自体の魅力はもちろん、その背景をなす謎めいた古城、貴婦人、一角獣、中世パリなど、作り手を刺激する要素に満ちているからだろう。
「五感がテーマ」という定説は本当か?
さて《触覚》《味覚》《嗅覚》《聴覚」《視覚》と並べたとおり(触覚など身体的な感覚ほど下位に、精神的な感覚の視覚を最上位に置くヒエラルキーが西欧世界に存在する)、その主題については長い間、『「五感」をテーマにし、最後にそれを統御する心が加わった「六感」=《我が唯一の望み》によって、完全な認識が可能になる』と説明されてきたタピスリーだが、本当にそうなのだろうか。
「五感」の寓意を主題と考える根拠は、たとえば貴婦人が紋章のついた旗の竿や一角獣の角に手で触れている場面が描かれているから《触覚》、あるいは貴婦人が侍女の差し出す白い粒をつまんでいるから《味覚》(砂糖菓子を食べようとしていると解釈)、花冠を編む貴婦人の横で、サルが花の香りを嗅いでいるから《嗅覚》、といった図式で説明されてきた。だがこれはいささか牽強付会と言えるのではないか。それに対して提唱されているのが、五感の概念は副次的なもので、中心的なテーマは「恋愛」ではないか、という解釈だ。
どう猛な一角獣は清らかな乙女に弱いのがお約束
恋愛? いや、これは非常にマジメな話なのである。西洋美術は門外漢の筆者でも、《視覚》に表された図像、つまり草地の中央に座る貴婦人の膝に一角獣が両前足を載せ、貴婦人の手がその首筋に優しく置かれているさまを見れば、これは一角獣狩りのシーンだなと思い当たる。もともと神話上の獣である一角獣はどう猛で、通常の方法で狩ることはできないが、清らかな乙女の前では大人しくなってしまう。その時を狙って隠れていた狩人が現れ、一角獣を捕らえたり殺したりするというのは、ファンタジーものを読んでいれば必ず遭遇する、お伽話のセオリーだ。
2013.05.25(土)