だが、『ゆるキャン△』は商業的に大成功をおさめ、作品が描く「甘すぎないナチュラルな、透明にゆっくりと流れる時間」は、シリーズを重ねるごとに支持者を増やしている。
まるで「ミネラルウォーター」だ
『ゆるキャン△』の静かな支持の広がりを見ていて思い出すのは、日本における家庭用ミネラルウォーターの歴史である。
1983年、カレーなどの人気商品はあったものの、飲料水メーカーとして後発だったハウス食品は、「他社がやっていないもの、市場にないもの」を探し、それまで業務用に限定されていた高品質な水の家庭向け商品、『六甲のおいしい水』を発売する。「水を売る」ことは当時としてはカルチャーショックで、会議で企画を提案した担当者には「返品されてきたら六甲のおいしい水で風呂にでも入るつもりか」と揶揄の言葉が向けられたという。
だが、誰もが知るように、今や日本中の自販機やコンビニにミネラルウォーターが並ぶ。暑い夏の日、自販機でコーヒーやジュースが売れ残っているのにミネラルウォーターがすべて売り切れている、という光景を目にしたことがある人は多いだろう。
「やりすぎない、言い過ぎない。でも半歩踏み込む」
『ゆるキャン△』が描く、キャンプ場にゆっくりと流れる透明な時間は、このミネラルウォーター、「おいしい水」に似ていると思う。
アニメ版のプロデューサー堀田氏が前出のインタビューで語った「やりすぎるとやはり『ゆるキャン△』らしくなくなってしまう。『(演出が)濃い』と言われると、まず何よりも作品に嫌われてしまいます。なるべくやりすぎない、言い過ぎない。でも、以前よりは半歩踏み込んでみる」という言葉が象徴的だが、表面的にはいわゆるエンタメとしての「濃い」味付けを排除しながら、そこに目に見えないミネラルのように、観客の心に必要なものを含めている。
一人でキャンプを張る「ソロキャン」を愛する志摩リンと、学校の仲間達とグループで楽しくキャンプを張る「グルキャン」のふたつの世界が、どちらが優劣をつけるわけでもなく並行にすすみ、そこで言葉にできない何かが語られていく。
2021.06.28(月)
文=CDB