キャンプなどしたこともない普通の女子高生が、日帰りのつもりのキャンプ場でうっかり夜まで寝過ごしてしまい、不思議なキャンプ常連客の少女に助けられてキャンプの世界に足を踏み入れていく。第1話の終わりは読者をひきつけるために、リンとなでしこの二人キャンプに何か問題が起きたところで終わる。それが商業漫画のネーム構成の常道だろう。
だがあえて、『ゆるキャン△』は明確な意志を持って一人でキャンプをする志摩リンの側に視点を起き、ゆっくりと流れる「一人の時間」を描くことに初回の半分を費やす。「これはこのスピードで語られる物語なのだ」という、作品のコンセプトと文体が連載初回ではっきりと宣言されているのだ。
アニメ版プロデューサーが禁止した2つのこと
『ゆるキャン△』の本当の主人公は、このゆっくりと流れる時間である。『ゆるキャン△』は「女子高生がキャンプをするだけで何も起きない漫画」と説明されることが多いため、読んだことのない人間は「キャンプというのはただの設定で、美少女キャラがたくさん登場するから人気なのだろう」と誤解するかもしれない。
だがアニメ版のプロデューサーである堀田将市が『Business Insider』で語った
〈「『ゆるキャン△』制作の場で、僕が禁止したことが2つあるんです。一つは『相手を褒める時に“かわいい”と言わせない』。そして、『安易な抱き付きをさせない』です。例えばなでしこが『リンちゃんかわいい!』と言ったり、テンションが上がって抱きついたりしちゃったら、その瞬間このアニメのジャンル、あるいは『見方』が確定してしまうじゃないですか。それは避けたかった。そもそもそんな描写、原作の時点で存在していないんですけれど(笑)」〉
という言葉は、作り手が『ゆるキャン△』をいわゆる美少女アニメ、萌えアニメとして売ろうとしていないことをよく表現している。なでしこはガーリッシュで愛らしいキャラクターだが、周囲の友人たちはナチュラルなトーンで会話し、物語はゆるやかに進む。
原作漫画家のあfろ氏の過去の作品の単行本を読んでも、最大のヒット作となった『ゆるキャン』のキャラクターデザインや人物描写は、過去作に比べて明らかに「甘さを抑えた」ものになっているように思える。
「甘さ」と「辛さ」はエンターテインメントの大きな武器だ。どの作品も、愛情表現や可愛さという「甘さ」、そして不幸や悪意、絶体絶命のピンチという「激辛」で読者を刺激し、その渇きで読者をひきつける。商業漫画の常識としては、ストーリーにおいて「激辛」のドラマチックな演出を排除し、キャラクターデザインや人物描写の「甘さ」を抑えたら、エンタメとしてのフックがほとんど何も残らなくなってしまうはずだ。
2021.06.28(月)
文=CDB