日本に国宝は多々あれど(現時点で1100余点が指定されている)、最も人気があるのはコレ! と断言して差し支えなかろう。サルやらウサギ、はてはカエルまでが擬人化されて、コミカルに描かれている巻物《鳥獣戯画》である。
甲・乙・丙・丁の4巻で構成されるこの「世紀の絵巻物」が、全巻揃いで公開されるという貴重な機会が巡ってきた。
東京国立博物館で開催中の特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」だ。
![](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/-/img_88ba8b54836a9883f221ddd041be3576287406.jpg)
わずかな墨の線であらゆる生きものを「あらしめる」
4巻がまとめて展示されることは過去にあったものの、会期中に巻き替えがおこなわれていたため、作品のすべてを一堂に観ることは叶わなかった。これは日本美術の展示ではよくあること。キャンバスや板などの上に絵具をのせる西洋の油彩画などに比べ、紙や絹といったより繊細な素材を支持体とする日本の絵画は、傷みを避けるため長期間の展示が難しいのだ。
![《鳥獣戯画 甲巻》より 京都・高山寺所蔵](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/9/7/-/img_97685cc91ba335afdf323d4bafe05d9a137169.jpg)
![《鳥獣戯画 甲巻》より 京都・高山寺所蔵](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/-/img_31e8edb2d8a9e50d61030535cc03dcb7135736.jpg)
ところが今回は、展示技術の進展もあって、全巻全場面を会期中ずっと一挙公開できることに。類似の作品すらない唯一無二な国宝の全貌を、丸ごとじっくり味わえるのである。
会場にはひとつ、大きな工夫が施された。カエルとウサギが相撲をとっていたりと奇想天外な絵柄が続き、全巻中の白眉といえる甲巻の展示ケース前に、いわゆる「動く歩道」が設置されたのだ。
![展示室内に設置された「動く歩道」の様子](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/-/img_f8de815db58fe41305c5378ed50b0cc8204510.jpg)
観客はゆっくりと進む「歩道」に運ばれながら、巻物の各場面を目で追っていくという按配。多くの人が混乱なく、小さい巻物を観られるようにとの配慮だ。ちょっとしたアトラクションみたいで、存外に楽しい。
動く歩道の上から間近に甲巻を眺めていけば、画面の多彩さに改めて驚く。キツネやトリなどを含め、登場する動物は11種類に及ぶ。それら動物たちは水遊びをしたり法会を開いていたりと、人間の営みを当たり前のように真似ている。その様子があまりに自然なので、こうした遊びや風習はもともと動物たちがおこなっていたものを、人間が真似るようになったのだったかしらと思えてくる。
2021.06.01(火)
文=山内 宏泰