プロダクトファーストがビジネスを持続させる

徳島 現在原口さんがCEOを務めていらっしゃるビジネスレザーファクトリーは、ボーダレス・ジャパンのソーシャルビジネスのひとつなんですよね。

原口 はい、かつてアジア最貧国とも言われていたバングラデシュの貧しい人々に雇用を生み出すためのソーシャルビジネスです。バングラデシュは日本の40%ほどの小さな国土に1億6000万もの人々が暮らしており、首都ダッカは世界一人口密度が高い都市です。都市部では失業率も高く、特に貧しい人々は未就学や未経験などの理由から、働きたくても働けず、さらに貧困に陥っています。障害のある人やシングルマザーの人々などは、ことさら顕著です。そういう貧しい人たちの雇用を創出するビジネスを始めようと考えたのが、ビジネスレザーファクトリーなんです。

徳島 なぜ革製品だったんですか?

原口 バングラデシュはイスラム教の国で、“イード”(犠牲祭)と呼ばれる宗教行事があります。牛やヤギなどを神様に捧げる祝祭で、その際に牛革が大量に発生するんですね。それを現地資源として活用しようと考えたんです。

徳島 とはいえ、現地の人たちに技術を教えるのは大変だったでしょう?

原口 そもそも私たち自身がものづくりの全くの素人だったので、日本の老舗の革製品メーカーで、バングラデシュと日本のメンバーで修業をさせていただきました。そこで日本の技術を習得し、バングラデシュに戻り工場でのものづくりを始めました。

 一方で、私たちの工場で働く人たちは、そもそも働いた経験もないので技術もないですし、マニュアルで工程を覚えてもらうにも、文字が読めない。そこで、生産ラインを細かく分け、4人ひと組のチームでラインを担当し、先輩職人の作業を見て技術を覚えられるように工夫しました。最初はたった二人でスタートした工場ですが、今では900人にまで増え、バングラデシュの革小物の工場だと国内2位になっているんですよ。

バングラデシュの工場の様子。イードで出た牛革を財布やバッグなどの革製品に加工。
バングラデシュの工場の様子。イードで出た牛革を財布やバッグなどの革製品に加工。

徳島 900人! それはすごい!

原口 工場で働いている仲間たちが私たちに言うのはまず、「3食食べられるようになった、ありがとう」と。そして、恵まれた環境で働けて、仲間や友だちができたことが本当にうれしいと言うんですよ。

 先ほど徳島さんがおっしゃった天国への階段のお話がとても印象的だったのですが、貧しい人たちは、明日への未来が描けないんです。今日生きるか死ぬかだから。そんな彼らが仕事に就き、自分で働いて得た収入で生活できて、自分たちの手で未来を描ける。これはすごく大きな希望で、私たちが想像する以上に大きな変化なんだと思います。

徳島 そのとおりですね。でき上がった義足を納入すると、ご本人はもちろん付き添いの奥さんとかがポロポロ泣くんですよ。「あんた、これで仕事に戻れるね」って。それは何度見てもやっぱり涙を誘われちゃいますね。それこそが僕がこの仕事をする喜びだと思います。

原口 インスタリムの事業は現地の方たちが担っているんですか?

徳島 そうです。僕たちは途上国の問題を解決するための、現地フィリピン発のスタートアップだと考えていて、フィリピン人が自分たちで製造できないと意味がないというのが、私たちの義足の初期コンセプトなんです。

 本来義足を作るのは高い専門知識を必要とする難しい仕事なのですが、3D CADという3D設計ソフトを一から僕が設計し、パラメータを入れていくだけで現地の人でも義足の製造がある程度できるシステムを開発しました。ずぶの素人でもモデリングだけなら3日ぐらいの研修で作れるようになります。

AIと3Dプリンターで制作した義足。専門知識がなくても作れる設計ソフトを徳島さんが開発。
AIと3Dプリンターで制作した義足。専門知識がなくても作れる設計ソフトを徳島さんが開発。

――非常に画期的なシステムですね。

徳島 そもそも途上国で満足に教育を受けられなかった人たちに何ができるかを考えると、先進国であたりまえに採用されている生産方式ではなく、新しいイノベーションを生み出すしか生産を円滑に行う道はなく、そこを突き詰めていったら、最終的に世界でも類を見ないようなことになるのは当然なんだと思います。原口さんがおっしゃった4人ひと組の生産ラインも、たぶん先進国にはない非常に画期的なシステムです。そういう発明がないと途上国でのビジネスは成功しないと思いますね。

原口 そういう独自のソリューションは、同じ社会問題を抱えた他の途上国でも展開できるものになりますよね。それはもう視野に入れているんですか?

徳島 もちろんです。フィリピンは私たちにとってはプロダクト・マーケット・フィット(PMF)を検証するのに最適な国で、フィリピンでビジネスが成立すれば、他の途上国に横展開させてスケールできると考えています。それに、途上国ビジネスで十分なエビデンスと製品力の向上を得られれば、先進国への展開も可能になると思っています。いわゆるリバースイノベーションとなることが創業当初からの目論見です。

――ソーシャルビジネスとはいえ一方的なボランティアではなく、自分たちにも還元される部分がないとビジネスとして成立しませんよね。

徳島 当然そうです。世界の全人口の90%が新興国・途上国にあるわけですから、先進国だけでビジネスするよりもポテンシャルは非常に高いはずです。WHOの資料によると、義肢を必要とする人のうち、実際に装着できる人は全世界で1割に満たないと言われているんです。

 マーケットで考えると、その残りの9割がまさにブルーオーシャンで、そこにアクセスできれば圧倒的なポテンシャルがあるのですから、こんなにおいしい仕事はない(笑)。そういうビジネスの先例に僕たちがなりたいと思っているんです。僕たちは、義足の分野では世界一の技術力で世界一のものを作っているという自負がありますし、ソーシャルビジネスとしてというよりも、普通にビジネスとして技術力で勝負しています。

――「ソーシャル」という言葉を冠せずとも、ビジネスの核となるものがしっかりないと、持続も拡大もないということですね。

原口 それはビジネスレザーファクトリーも同じです。現在(2021年3月時点)、直営店舗が18店舗ありますが、店頭では「バングラデシュの貧しい人々が……」という言葉はひとつもないんですよ。だから、お客さまはソーシャルビジネスという背景ではなく、まずはプロダクトとサービスに価値を感じて選んでくださっている。お涙頂戴でお金を使っても、一度で満足してしまって続かないじゃないですか。

 私たちの事業目的は雇用を増やすこと。プロダクトとサービスで私たちの商品を選んでいただき、そのあとに「あ、ソーシャルビジネスのブランドなんだ」と気づいていただければそれで十分ですし、それがもしお客さまにとって、消費行動を変えるきっかけになれば、もっとうれしいですね。そういうお客さまもいらっしゃって、「消費は投票」だと言ってくださいます。

2021.03.19(金)
取材・文=張替裕子(giraffe)
撮影=三宅史郎