郷土料理こそがイタリア料理の真髄!
イタリア各地方の郷土料理や、マンマが工夫して作った料理を研究している齊藤奈津子さんが、家でもできる簡単なイタリア料理をご紹介します。
フィレンツェの郷土料理「ペポーゾ」はどう誕生した?
街全体が歴史地区として世界遺産登録されているフィレンツェ。
そのフィレンツェを代表する郷土料理に「ペポーゾ」という料理があります。
牛肉を黒胡椒と赤ワインで煮込んだお料理で、ポイントは黒胡椒。イタリア語で黒胡椒のことを“ぺぺ”というのですが、ペポーゾはこのぺぺが語源。
“たくさんの黒胡椒”などの意味があり、実際ペポーゾには大量の黒胡椒を使います。
この料理が生まれたのは13世紀。フィレンツェのシンボル「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(通称:ドゥオーモ)」と深い関係があります。
今もなおフィレンツェの人たちに愛されるドゥオーモ。私も一番最初にフィレンツェでドゥオーモを目にした時、あまりの大きさと美しさに圧倒され、腰が抜けそうになりました。
街の真ん中に位置しているので、よく待ち合わせ場所にも使われます。イタリア人がどんなに遅刻しようとも幸せな気持ちで待てるので、おすすめですよ!
この料理は正式には「peposo all'imprunetina(ペポーゾ アル インプルネティーナ)」。
このインプルネティーナというのは、”インプルネータ風の”という意味である街の名前に由来しています。
フィレンツェから車で1時間ほどのキャンティ地方に、インプルネータという小さな街があります。
インプルネータは上質な粘土が多く採れるため、テラコッタと呼ばれる素焼きの焼き物の産地として栄えました。
今もかなり高い水準のテラコッタ製品を作っていて、私も車で何度かインプルネータの街を通ったことがありますが、「どうだ、すごいだろー!」という感じで街中に置かれたテラコッタに圧倒されました。街の人のテラコッタへの誇りを感じます。
この地方で生まれたのがペポーゾ。テラコッタの鍋に安い牛肉と大量の黒胡椒を入れ、地元のキャンティワインを入れてじっくり煮込んだ料理です。
15世紀、フィレンツェのドゥーモにクーポラと呼ばれる円形の大天井の建設が始まり、インプルネータの職人たちが呼ばれました。
インプルネータの上質なテラコッタを使うためです。
このクーポラを造るために、インプルネータの職人たちは朝から晩まで窯でレンガを焼いていたそうです。
職人たちはお昼になるとクーポラから下に降りて食事をし、またクーポラの頂上に登るという作業を毎日繰り返していました。
しかし、食事で一度下に降りると昼食と一緒にワインを飲んでしまい、なかなか戻ってこなかったため、かなり時間のロスがあったそうです。
そこで、クーポラの設計士のフィリッポ・ブルネレスキが、もっと効率よく食事がとれるようにと、彼らのためにクーポラの足場に食堂を設けました。登り降りの時間のロスも解消され、効率があがったそうです。
その足場の食堂で食べていたのが、彼らの地元料理ペポーゾなんです。
彼らはレンガを焼く窯の隅にテラコッタの鍋を置き、牛肉の筋やスネなどの安価な肉の部位を入れ、臭みを消すために大量の胡椒(ペペ)とにんにく、そして地元のキャンティワインを適当に入れて、労働に戻ったそうです。
職人たちが働いている間に、適当にほうっておかれたペポーゾは窯の炭火でトロトロに煮込まれ、食事時にはいい感じにできあがっている。
レンガ職人は重労働なので、牛肉とニンニク、そして胡椒がガッツリと効いたこのスタミナ男料理をとても愛していたそうです。
今ではフィレツェの多くのレストランで食べることができます。トマトを入れて煮込むレシピもありますが、当時はまだトマトが普及していなかったため、ペポーゾの正式なレシピはトマトが入りません。
私も昔フィレンツェで、この中世のレシピで忠実に作っているところを調べて食べに行きました。
胡椒がピリッと効いていて、本当にガッツリとした男のスタミナ料理! という感じでした。トスカーナの肉料理の奥深さに感動します。
美しいクーポラの足場の陰でひっそりと生まれたペポーゾ。
もしフィレンツェに行かれた際は、ドゥオーモを見上げ、当時の職人たちを想像しながらペポーゾを是非食べてみてください。一段と料理を楽しめそうな気がします!
ということで、今回は「ペポーゾ」をご紹介します。中世のレシピに限りなく近いシンプルなレシピですよ!
2021.01.12(火)
文=齊藤奈津子
撮影=佐藤 亘