田中裕子さんの口ずさんだ歌がそのまま曲に!

――どれもとても楽しかったです! 様々な仕掛けが成立したのも中心に田中裕子さんがいらしたからでしょうか?

 そうですね。「これはふざけているわけではないですよ」という感じでやってくださったので(笑)。でも、歌の場面は心配なさっていました。

――まさか田中裕子さんの歌声を聴けるとは思わなかったので、得した気分になりました。

 そうですよね。歌はどうしてもいれたかったんです。打ち合わせで最初にお会いしたとき、原作をもとに、ある程度僕が書いた歌詞を持っていったんです。

 そうしたら、田中さんが「こういう歌しか歌えない」と、その場でその歌詞を口ずさんでくださった。

 僕らは慌てて、スマホでその小さな歌声を録音して、音楽の鈴木正人さんにお渡ししました。

 そのメロディーをもとに曲を作ってしまうんですから、鈴木さんもすごいと思います。ご本人が歌いたい歌を歌うのが一番ですからね。

――沖田監督は、中学生のころから、お友達と一緒にビデオカメラを回して遊んでいて、その延長で映画監督を目指された。出演者の方のコメントを読んでいても、沖田監督の現場は楽しくてしかたがないという感想が多数あがっています。毎回楽しく続けられる理由、モチベーションは何なのでしょう?

 そうですね……。なんだろう? 『南極料理人』で映画監督デビューしてから約10年経ちますが、闘い方は確実に変わりました。

 昔はしょっちゅう徹夜で脚本を書いていましたけど、いまは無理(笑)。でも、自分で脚本を書くことはモチベーションになっている気がします。

 自分が想像した世界を実際に演じてもらうこと、大好きな俳優さんが演じてくれるのは高揚しますし、僕の想像以上のものが俳優さんやスタッフさんから生まれてきて、全く知らないところに着地するのが面白いです。

 「おおー!」と感じたいがためにやっている節があります……って、なんか、いいこと言ってしまったなあ(照)。

沖田修一(おきた・しゅういち)

1977年埼玉県生まれ。映画監督、脚本家。2006年に初の長編映画『このすばらしきせかい』を発表。09年『南極料理人』で商業映画デビュー。新藤兼人賞・金賞ほか数々の賞を受賞。12年公開の『キツツキと雨』はドバイ国際映画祭にて日本映画初の三冠受賞。吉田修一原作の『横道世之介』(13)はブルーリボン賞最優秀作品賞、TAMA映画賞最優秀作品賞など多数受賞。『モリのいる場所』(18年)もTAMA映画賞特別賞、ヨコハマ映画賞脚本賞などに輝いた。『子供はわかってあげない』が21年公開予定。

映画『おらおらでひとりいぐも』

かつては夫と子供たち家族4人で暮らした家で、いまはひとり静かな生活を送っている75歳の桃子さん。あるときから、故郷の東北弁で複数の声が聞こえてくるようになった。「歳のせいだべか……?」すると、なんでも歳のせいにするなと声は言う。孤独のはずが、「寂しさ」でいっぱいの賑やかな生活が始まった。

監督・脚本 沖田修一
原作 若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』(河出文庫)
出演 田中裕子 蒼井 優 東出昌大/濱田 岳 青木崇高 宮藤官九郎
配給 アスミック・エース
11月6日(金)より全国公開
https://oraora-movie.asmik-ace.co.jp/

2020.11.06(金)
文=黒瀬朋子
撮影=榎本麻美