『南極料理人』、『横道世之介』、『モリのいる場所』など、沖田修一監督の描く物語はどれもチャーミング。

 人生の悲喜こもごもを、独自の笑いのセンスで温かにコーティングする。最新作『おらおらでひとりいぐも』は、芥川賞と文藝賞をダブル受賞した若竹千佐子の小説が原作。

 夫に先立たれ、子供たちは巣立ち、ひとり孤独に暮らす75歳の桃子さんが主人公だ。55年前に上京した桃子さんだが、突然故郷の東北弁で様々な声が聞こえ始める。

 桃子さんの想像の物語を、終始笑いっぱなしの楽しい映画に、沖田監督は仕立て上げた。

 ベストセラー小説の映像化のオファーを受けてから完成までの制作裏話を語ってもらった。


――沖田監督の作品の魅力は、愛らしい登場人物や笑いのセンスなど、様々ありますが、もうひとつ、冒頭を見ただけでは想像のつかないストーリー展開もあると思います。『おらおらでひとりいぐも』は、壮大なアニメーションから始まり、間違えて違う作品を観始めてしまったんじゃないかと驚きました(笑)。

 『おらおらで〜』の前に『子供はわかってあげない』(2021年公開)という映画を撮ったのですが、この2作はとくに(物語の)入り方がちょっとおかしいんです(笑)。

 脚本の一番頭に「ビッグバン」とあったらウケるなーと思いながら書いていました。地球の長い歴史と孤独を重ね合わせ、自分の命に意味があるのか、という問いを込めたかった。

 冒頭は、学校の視聴覚室で見た教材のイメージで作ってもらいました。

――最高に楽しいのが、主人公の桃子さんの心の声を濱田岳さん、青木崇高さん、宮藤官九郎さんらが演じたこと。その役名は「寂しさ1、2、3」(!)。あのアイディアは早い段階で決めていたのですか?

 いえいえ。75歳のおばあさんの頭のなかで、故郷の東北弁がいくつも聞こえてくるという話を映像でどう表現したらいいのかわからなくて、頭を抱えました。

 ずいぶん悩んだのですが、人が演じてみたら? と想像したらワクワクしたんです。

 内なる声を擬人化する手法は『インサイド・ヘッド』など、珍しくないですが、俳優さんもそういう役を演じる機会はそうないだろうし、面白くなるんじゃないかと。

 CGを使うことも考えましたが、僕にとっては人が演じたほうが自然でした。

2020.11.06(金)
文=黒瀬朋子
撮影=榎本麻美