コートの上ではただ全力でバスケができた
高校卒業後は、アメリカ・フロリダ州にあるトップアスリートのためのトレーニング施設・IMGアカデミーで1年間過ごした後、ルイジアナ州立大に進学。元NBAのスター選手、シャキール・オニールを輩出した名門で文武両道を目指した。
在学中、2020年夏季五輪の東京開催が決まった時期にはユニバーシアードの選考合宿にも招集され、夢も大きくふくらんでいた。
「いつか日本代表に入って東京五輪に出たいという思いはめちゃくちゃありました。(大学卒業後)トヨタ自動車に入団した理由のひとつも、日本にいる方がプレーを見てもらえる機会が増えて、代表に入るための合宿のような第一関門に近づけると思ったから。短い期間でいいから、日本にいるコーチの前で何か実績を残す必要があると考えて帰国を選択しました」
大好きなバスケットボールに専心する環境に喜びを感じながらも、一方で常に性自認とのギャップから来る違和感もあった。
「自認している性は“男性”なのに、女性の体を都合よく利用して女子のカテゴリーでより高いレベルで競技しているというのは甘えなんじゃないか。そんな葛藤がすごくあって……。ただバスケットが好きで続けたいし、『バスケットでもっと上へ、いけるところまでいきたい』という目標がある中で、答えのない葛藤だったなと思います。ただ1つ言えるのは、バスケットは1つの競技以上の大きな存在だった。犠牲にしているものもあったけれど、コート上で自分を表現しているときは性別にもとらわれず、ただただ全力でバスケットができた。価値ある場所だったなと思っています」
カンボジアの子供たちを見て思ったこと
2019年シーズン限りでトヨタ自動車を退団し現役生活に区切りをつけた。同年夏にカンボジアの最貧困地域でボランティア活動をするなかで、自身のアイデンティティともじっくりと向き合い決意を固めた。
「電気も電波もない井戸水生活だったんですが、めちゃくちゃ心豊かに過ごせた。特に子供たちは自分の感情に素直。子供たちと一緒に時間を過ごすことで、僕もどんどん自分の感情に素直になることができました。若い世代がありのままの自分をのびのび表現できる場所を作ることが、僕らの世代の役目とか責任なのかな、って。9月1日に帰国して、いまのタイミングがしっくりくるなと。(性別移行の)プロセスを始めるためそこからすぐに、アポをとって病院に行ってきました」
2020.11.05(木)
文=佐藤春佳